第81話 「行く!」
二日前に泣き別れした早霧が襲来してきて喧嘩が始まり、キスを我慢できた方が勝ちという真剣勝負が決まってから一時間でお互いの両親が町内会の旅行に旅立つという電撃も電撃な電撃的状況から少しして。
当の本人は俺のベッドの上、壁に背中を預けた俺にスッポリと収まって背中を預けながら、背後から俺に抱きしめられていた。
この状況を何も知らない人に説明して、誰が喧嘩をしていると信じられるだろうか?
俺だって信じられない。でも俺達の問題は何も解決していなかった。
「ドーはドーナッツのドー、レーは蓮司のレー」
だというのにこの幼馴染様は上機嫌に謎の替え歌を歌っている。
本人曰く勝負が簡単に決まったらつまらないとの事だったが、俺からしたらその駆け引きが下手くそすぎると思った。ていうか言った。
「はぁ……」
「そこで止めるなよ」
かと思えば急に溜息を吐いた。
肩が上下し、衣服越しに触れ合う肌が動いたのを文字通り肌で感じる。
情緒不安定な幼馴染だ。
ミから先はどうアレンジされていたのだろう。溜息を吐くならせめてファまで頑張ってほしかった。
「パパとママ、遊びに行っちゃったでしょ?」
「ああ、行ったな」
「すっごい羨ましい……」
溜息の理由はめちゃくちゃ単純だった。
俺にキスをする理由もこれぐらい単純だったらどれだけ幸せだっただろうか。
「そりゃ残念だったな」
「頭、撫でて良いよ?」
「要求が多いやつだな」
「えへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ……」
へが多い。
早霧の頭髪はサラサラで、撫でれば撫でるほど良い匂いがする。
「もし旅行に行ってたらじぶけんのラジオ体操に出れなかったかもしれないぞ?」
「えー? あー、そっか。来週からだよね」
「それに町内会の集まりだと大人ばっかりじゃないか?」
「大人の付き合いって奴かー」
間違ってはいないが、何か引っかかる言い方だった。髪はサラサラなのに。
「大人になんかなりたくないよぉー」
「ずっと子供っぽい奴が何言ってんだ?」
「そんな事ないしー? ちゃんと育ってますしー? れ、蓮司だって、さっき触って確認したじゃん……」
「さ、最後だけ恥ずかしがるんじゃない!」
確かに発育は良い、凄く良い、それは認めざるを得なかった。
「……なら子供同士で何処か行くか?」
「えっ?」
早霧が勢いよく振り向いた。
駆け引きは完全に忘れたようである。
綺麗な顔立ちの、世界一好きな美貌が目の前に広がった。
「どっちも両親がいないし、これからの食材を買わないといけないしな。ありものだけじゃ、せっかくの自由な休みでも味気ないしつまらなくないか? そのついでに昼食でも何処かの店で食べたりして、遊び歩く。どうだ? 悪くないだろ?」
「……良いの?」
何でそこで遠慮がちなんだよお前は。
いやこれは昔からの無意識な癖、みたいなものだろう。
病弱で外に出れず、羨ましがるしか出来なかった早霧の、辛い過去の経験から根付いてしまった悪い癖だ。
「もちろんだ。せっかくの夏休みだし勝負をしながら遊んだって怒る奴はいないさ」
でも今は違う。
元気になった、なりすぎた早霧を俺は何処へだって連れて行ける。
「まあ早霧が勝負を優先するって言うならこのままベッドの上で耐久して、この休日は豪華に出前パーティーでも良いんだが。どうする?」
「行く!」
即答だった。
そして凄く、良い笑顔だった。
やっぱり早霧は笑顔がよく似合う。
その笑顔を見て嬉しくなって、思わずキスしたくなった。
確かに、顔を見るのは危険かもしれない。
そこだけは、早霧に感謝である。
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