第78話 「じゃあ勝負しようよ!」

 もうキスしない。

 その言葉が深く突き刺さった。

 早霧と会えばキスをして、二人っきりになればキスをされて。

 いつの間にか当たり前になってしまったキスという日常が失われるというショックは、俺が思っているよりもとても大きかった。


 だけど、そのショックが逆に俺を冷静にさせてくれたんだ。


「いや……無理だろ、お前……」


 だから言った、言ってやった。

 この半月を思い返してみて、それが無理なのは明らかだった。


「無理じゃないもん! やるもん!」


 もんもん言ってる。

 完全に駄々をこねるモードになってしまった。

 ベッドの上で仰向けに寝転んだ美少女が、ジタバタともがいている。

 変なところでこの幼馴染様は意地を張り続ける傾向があった。


「じゃあ俺からもしないからな」

「…………えっ?」


 押して駄目なら引いてみろ。

 淡い色の瞳が見開かれ、驚愕の色に染まる。

 それはこの前と同じだった。でも今回はハッとしてすぐに戻って。


「いや、無理でしょ……」


 真顔でそんな事を言ってきた。

 見事なまでの完璧なオウム返し。

 俺は早霧にどう思われていたのか、心外である。

 確かにショックとダメージは受けたがキス出来ないだけ死ぬ訳じゃ、死ぬ訳じゃあ……ないからな、うん。大丈夫だ。


「……無理じゃないが」

「無理だよ、蓮司じゃ」

「早霧こそ、無理だろ」

「無理じゃないよ」

「俺だって無理じゃないぞ」

「あんなにチュッチュしてたじゃん」

「チュッチュ言うな。それはお前もだろ」

「嘘だよ。蓮司は夢中になると意地悪なぐらいキスするもん」

「それ言ったらお前もだろ。だいたい最初にしてきたのは早霧だからな」


 そうだ。

 俺達の関係が変わったのは、早霧のキスからである。

 それからはずっと隙を見つけてはキスをされ続けてきた。キスする事しか考えられない早霧が、キスを我慢できる筈が無い。


「でも最近は蓮司からの方が多いよ!」

「そんな事はない! お互い様だろうが!」


 確かに俺からの回数も増えたがそれは早霧が魅力的過ぎるからである。

 俺は悪くない、悪いのは美少女で綺麗で可愛いけど面倒くさい早霧のせいだ。


「違うよ! だって私のお見舞いに来てくれた時は駄目って言ったのに蓮司が離してくれなかったじゃん!」

「あ、あれは早霧の風邪を治す為だから仕方ないだろう! それだったら早霧こそ駄目って言ったのに舌を舐めてきたじゃないか!」

「あ、あれは私が舌を食べただけだもん! 回数だったら蓮司の方が上だよ!」

「いいやトータルなら早霧の方が多いだろ! キスをし始めてから日に日に回数が増えていったの、忘れてないからな!」

「私だって忘れてないよ! 忘れる訳ないじゃん! 私は蓮司がいつキスをしてくれたかもちゃんと覚えてるよ!」

「俺だって覚えてるさ! 早霧にキスをされる度に数えてたからな!」

「なら私だって日記に毎日書いてるよ!」

「俺なんて帰った後も寝るまでずっとキスの事しか考えてないぞ!!」

「私なんて夢でも蓮司とキスしてるよ!!」

「俺の方が正確だ!!」

「私の方が正しい!!」


 キス喧嘩勃発。

 何でこんな話になったかはもう覚えてない。


「じゃあ勝負しようよ!」

「……勝負、だと?」

「そう! 先に我慢できなくなってキスをした方の負け! 負けた方は勝った方の言う事を絶対に聞くこと! 勝った方が正しい! 簡単でしょ!」


 キスをしないという話からキスをしたら負けという勝負をしかけてきた。

 そんな頭に血が上った早霧の挑戦状に、一度冷静になった俺は。


「上等だ! このままあーだこーだ言ってるより分かりやすい! 言っておくが恨みっこなしだからな!」


 もちろん乗ってやった。

 この流れで断る奴なんていないだろう。それは敗北を意味しているのだから。


 これは俺と早霧の意地の張り合い、どちらの想いが強いかの真剣勝負だった。

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