第77話 「……もう、キスしてあげないからっ!」

「だって蓮司! 私のおっぱい好きじゃん!」

「お、男なら誰だって好きに決まってるだろ!」

「蓮司のエッチ!」

「言わせたのも触らせてるのもお前だからな!?」


 幼馴染史上、過去一酷い会話だった。

 しかも朝のベッドの上で腹に跨られ、胸に手を押し当てられているというオマケ付き。

 手に広がる柔らかさと腹にのしかかる柔らかさ。異なる二つの柔らかさが俺の思考回路をぶち壊し、考えるよりも先に喋ってしまうような状態だった。


「ど、どう!? ずっと親友でいる気になった!?」

「親友どうこう以前に、お前に対する劣情しか湧かんわこんなもの!!」

「何で親友が一番じゃないの!?」

「着眼点そこじゃないだろうが!!」

「ここだよ!!」


 喧嘩だった。

 確かにこれは喧嘩だった。

 状況と体位……体勢がおかしいだけでこれは立派な喧嘩だった。

 

「どうして分かってくれないかなぁ!」

「分かってないのはお前だろうが!」

「蓮司だよ!」

「早霧だぞ!」


 ワーワーギャーギャー、ふにふにっ、ギシギシ。

 頭がおかしくなりそうだった。

 言い合いで騒ぎ散らしながらも継続的に広がっていく大きな胸の柔らかさが本能を刺激し、その混沌に呼応するようにベッドが音を立て軋んでいく。

 何だこれ。本当に何だこれ。分かるのはお互いがどんどんヒートアップしていくだけだった。


「これだけやっても靡かないなんて、蓮司は私のおっぱい好きじゃないの!?」

「大好きだよちくしょうっ!!」

「じゃあ何でそんなに頑固なの!」

「お前がおかしい事してるからだよ!」

「わ、分かったよ! まだ足りないんだねっ!?」

「は、はぁ!? お、おい馬鹿止めろぉ!!」


 ――ふにゅん。

 ――むにゅっ。


 俺の左手も掴まれて、早霧の右胸に押し当てられた。俺の両手は今、ダボダボヨレヨレのTシャツ越しに早霧の両胸を、不可抗力でガッツリと掴んでいた。

 未知で前人未到の気持ち良さが俺の両手に広がる。


「ど、どどどどどどどどどうかなっ!?」

「ば、馬鹿だろお前! 本当に馬鹿だろ!?」

「ばばばばばばば馬鹿なのは蓮司だよ馬鹿蓮司!!」

「馬鹿はお前だ馬鹿早霧!!」


 罵倒し合いながら跨られ、両胸を揉んでいるという混沌。

 はたから見たらとんでもない情事である。しかしその快楽と興奮にはムードというものがとても大事なのだと身を持って思い知らされていた。


「ま、まままだ足りないのっ!?」

「胸から離れろお前は!」

「ははは離さないのは蓮司だよ!」

「早霧が掴んでるからだからな!」

「こっ、ここここここうなったら脱いで直接……!」

「本当に止めろ馬鹿があああああああああああああああっ!!」

「きゃあぁぁっ!?」


 暴走に暴走を重ねた早霧が掴んでいた俺の手首を離し、ダボダボヨレヨレのTシャツを脱ごうとした。その一瞬の隙をついて俺は早霧の腹を抱きかかえるように起き上がる。

 シーソーのように上下が入れ替わり、ゴロンと早霧が俺の腹の上からベッドの上に転がった。

 その勢いでTシャツは捲れ、くびれのある細い腹部とへそが露出している。

 仰向けで倒れた幼馴染の、白く長い髪がベッドの上に広がっていた。


「やっ、やりすぎだ馬鹿っ!」

「うぅぅぅぅぅぅぅ……っ!」


 さっきが早霧に馬乗りになられた状態なら、今度は俺が押し倒した形だった。真下から悔しそうに早霧が俺を睨んでいるが、体勢的に俺の方が有利である。


「……ったく! 少しは落ち着いたか?」

「落ち着いてない!」


 まだ噛みついてくるんだがコイツ。


「俺の勝ちだろ」

「ま、まだ負けてないもん!」


 やっぱり頑固なのお前じゃないか。

 なし崩し的に無理やり始まった喧嘩だったが、そもそも発端は何だっただろう?

 それはそうと今はまだ刃向かってくる早霧を打ち負かさないといけない。


「もう諦めろ。次に何をしようが俺は全力で止めるからな?」

「…………から」

「何だって?」

「……もう、キスしてあげないからっ!」

「なっ!?」


 窮鼠猫を噛む。


「蓮司がずっと親友でいたいって謝ってくれるまで、キスしないもんっ!!」


 今までならこんな事は無かっただろう。

 追い詰められた早霧が放った一言は、今の俺にとってとんでもない大ダメージを叩きこんできたんだ。

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