第76話 「蓮司が言ったんだからね!」

「け、喧嘩ぁ!?」


 朝起きたら先日泣いて出ていった幼馴染が俺の腹の上に跨って喧嘩を宣言した。

 本当に何を考えているか分からない。

 昨日俺が一日をかけて連絡しようかどうかすら悩んでいた見えない壁を、こっちの都合関係無しにぶち壊してきた。

 言いたい事は色々ある。けどきっと一番前にあった筈の『謝る』という選択肢は混乱という行列の中に飲み込まれていった。


「喧嘩!!」


 喧嘩という質問に喧嘩で返す。

 ここでは喧嘩が共通言語になったようだった。もちろん意味は通じてない。


「蓮司が言ったんだからね!」

「いや何をだ!? 主語を言え主語を!」


 腹の上に跨った早霧が見下ろしながらポカポカと俺の胸元を叩いてくる。口喧嘩かと思ったら物理的な喧嘩だった。

 ていうか全然痛くない。ここにきて元病弱っ子の非力さを感じている。むしろ腹部にかかる重圧の方が苦しかった。


「親友なんて嫌だって、言ったの蓮司じゃん!」


 白い頬を赤くして爆発しそうなぐらいにぷくっと膨らませていた。まるで子供みたいだった。


「い、嫌なんて言ってないぞ! お、俺はただ親友から先に」

「そんなの無いよ! だいたいそれも蓮司が言ったのに忘れちゃったんだね! だから喧嘩だよ喧嘩! 親友なら喧嘩っ!!」

「だから主語を言え! それって何だ!?」


 俺達はベッドの上で騒がなければいけない決まりでもあるのだろうか。

 前回早霧のベッドの時と違って上半身裸じゃないのがまだ救いかもしれない。とは言っても、早霧はいつものダボダボ首元ヨレヨレ古着シロTシャツなので、無防備なのは変わらなかった。……特に、胸元とか。


「私は絶対にずっと親友でいるからね!!」


 キッ! と淡い色の瞳が鋭くなり威嚇する猫のように睨まれた。

 早霧は本気だ。何故こうなったのかは未だに分からないが、この真剣な表情は本気だった。


「だから色々考えてきました!」

「……何で発表口調なんだ?」

「発表するからだよ!」


 それはごもっともだが、この状況がごもっともじゃない。喧嘩というよりは奇襲である。


「忘れちゃった馬鹿蓮司に、親友の素晴らしさをね!!」

「ば、馬鹿蓮司……!?」


 ついに直接罵倒してきた。今この状況で馬鹿はむしろ早霧だと思う。

 ていうか、忘れちゃったって何だよ。


「具体的には私と親友でいるとこんなに良い事があります!」

「通販でもする気か!」

「返品不可だよ!」

「悪徳商法じゃないか!」


 何だこれ漫才か?

 喧嘩から奇襲、奇襲から発表、発表から罵倒、罵倒から通販、通販から漫才。

 混沌である。


「良いから!」

「何も良くないが!?」


 今日の早霧はとにかく強引だった。

 気まずいよりは遥かにマシだがいつもより押しがとにかく強い。


「ほら、手貸して!」


 良いぞと言う前に俺の右手は早霧の両手に掴まれてしまった。女の子を感じさせる華奢な手が俺の手首を掴みそのまま引っ張って――。


「は? 手えぇぇぇっっ!?」


 ――ふにゅん。

 多分、音にしたらこんな音。

 何を思ったのか、何故その考えに至ったのか、早霧は俺の右手を掴んで自分の左胸に押し当ててええええええええええっ!?


「なっ、ななななな何してんだお前っ!?」

「蓮司におっぱい触らせてる!!」

「説明しろって言ってんじゃない!!」


 右手が未知の快感に襲われていた。柔らかく弾力があるのに手にフィットするように沈み込む。この前押し当てられていたものが今は俺の手中にあった……というか押し当てられた。


「どっどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどうっ!? わわわわわわわああああたしと親友でいたらこんな事もっ、しし、放題だよぉ!?」

「顔真っ赤にして声震わせながら何言ってんだお前ぇっ!!」


 暴走で羞恥心を無くしたのかと思ったらそんな事は無かった。

 さっき頬を膨らませた時よりもより真っ赤に、早霧史上一番赤くなった顔だった。


「れ、れれれれれ蓮司が私と親友でいたいって言うまで離さないからっ!!」

「親友のやる事じゃないだろうがぁっ!!」


 喧嘩に来たんだよな? 喧嘩に来たんだよな早霧!?

 何で俺に胸触らせてるんだお前!?

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