第四章 俺たちはキスをさせたい
第75話 「喧嘩するよ!」
また、夢を見ていた。
とても鮮明な、今でも覚えているぐらいハッキリとした夢だった。
『さっちゃん……じゃなかった。さぎりちゃん、いますか?』
ある夏の、小学校時代の昼休み。
まだ幼かった俺は学校の保健室に来ていた。
『れんくん、こっち……』
『さっちゃ……さぎりちゃん!』
早霧は少しずつ体調が良くなり学校に通えるようになった。しかしそんなすぐ元気になる訳がなく、結構な頻度で具合が悪くなりこうして保健室のお世話になっていたんだ。
『きゅうしょく持ってきたよ! おなか空いたでしょ? いっしょに食べようよ!」
『うん、ありがと……ごめんね……れんくん……』
『え、何が?』
家から出られずに苦しんでいた早霧を見ていた俺からすれば、一緒に学校に行けるというだけでとても嬉しかった。
けど当時の早霧はそう思っていなかったようで、保健室のベッドの上で俯いてしまった。
『だって私、れんくんにめいわくばっかりかけちゃってるから……』
『そう? 僕は気にしてないけど?』
『でも、私のせいでれんくん……お友だちと遊べてないし……』
身体が弱くて外に出られなかった。その時の辛さを痛いほど知っている筈なのに、こうして俺の心配をしてくれる。
自分の境遇に苦しみ泣いた時もあったけど、それは当然の事だ。それなのにこの状況でも自分ではなくて俺の事を考えてくれる。
だから早霧は優しいんだ。
『大丈夫! さっちゃんも元気になればすぐに皆と仲良くなれるよ!』
そして俺も早霧第一なのは変わらなかった。確かに他の友達と遊ぶ機会は減ったが
そんなのは苦でもなんでもなかった。だって早霧と一緒にいられるから。
『……ほんと?』
『うん! だってさっちゃん、可愛いし!」
『か、かわ……うぅ……』
『え? どうしたのさっちゃん……あっ、学校でさっちゃんって呼ぶのだめだったよね! ごめんねさっちゃん! でもさっちゃんが可愛いのは本当だよ! クラスのみんなもそう言ってるから!』
『れ、れんくんの……ばかぁ……っ!!』
『えぇっ!? ごめんって! さっちゃん、どうして怒ってるの!?』
『し、知らないもんっ! 変なこと言うれんくんなんて知らないっ!』
『何でっ!? きゅうしょくいっしょに食べようよさっちゃん!』
この日は何故か知らないが早霧を怒らせてしまって口を聞いてもらえなかった。
今でこそ考えられないが、早霧はその虚弱体質と引っ込み思案な素の性格から中々友達が出来なかったんだ。だから俺が橋渡しとなって、クラス中でアレコレしたのをよく覚えている。
けどやっぱり何故早霧が怒っていたのかは、今でも謎のままだ。
『いらないいらないっ! きゅうしょくもいらないし、今度のお祭りもいっしょに行ってあげないもんっ!』
『そんなぁ……! さっちゃんすっごく楽しみにしてたじゃん!』
『しらないったらしらないもんっ!!』
子供ならではの意地の張り合いだった。
早霧は優しいが変なところで頑固である。一度言ったらそれを貫き通すため、仮にそれが早霧の本心じゃなくても説得にとても苦労したんだ。
結局、数日間に渡る説得の末に夏休みに入る直前で仲直りしたのを覚えている。
この夢を今見た理由は、きっとその逆を――。
◆
「んん……?」
朝は嫌いだ。身体は重いし、頭も重い。そして今回は心も重かった。
胸に広がるモヤモヤが今見たはずの夢をかき消していく。夢より現実、その問題はとても大きかった。
「憂鬱だ……」
まだ寝ぼけ眼のぼやけた視界の中で、ハッキリとしだした思考で真っ先に思い浮かんだのは二日前の事だ。
早霧を、泣かせてしまった。
俺と早霧の考えの違いで、早霧を傷つけてしまった。
あの後早霧がボロボロと泣き出し、しばらく声を出して泣いた後に早霧は『帰る』とただ一言だけ言って俺の部屋を飛び出していった。
それに俺は何も出来ず何も言えなかった。下手な事を言えば、また早霧を傷つけてしまうと思ったから。
それが木曜日の出来事。
それに続く金曜日は一人で大反省会である。
早霧に謝ろうと何度も思った。でも泣かせてしまった事が気まずくて家に行く事も連絡する事も出来なかった。
とんだ臆病者である。
当然早霧からの連絡も無かった。
そして時間が飛んだり俺がタイムトラベルをしていなければ今日が土曜日になる。
夏休みに入って始めての休日はとてもブルーだ。青空や海の色ではなく冷たい青。
これで明後日には早霧と一緒にあの公園でラジオ体操の当番をするのだから、世界は俺に厳しいのかもしれない。
まずこの土日で早霧に連絡、いや会って謝らなければならない。そして仲直りをして新たな気持ちで夏休みを迎えなければ鳴らない。
時間は有限、リミットは明後日まで。
正直とても苦しい。
だってこんな明確に早霧を泣かせてしまったのは小学生の時以来だったからだ。
だから、だろうか?
心の苦しさに比例して、俺の身体が……具体的には腹部が苦しかった。
「……あ、起きた」
「……は?」
思わず声が出た。
そして夢かと思った。
だって、どうにかしなきゃいけないと思っていた相手が、俺が泣かせてしまった好きな人が、寝ている俺の腹の上に跨っていたんだから。
「蓮司!」
「お、おう!」
何がどうしてこうなったのかまるで分からない。
だけど早霧は所謂マウントポジションを取りながら。
「喧嘩するよ!」
俺に向かって、そう宣言したんだ。
寝起きとかそういうの一切抜きにして、この親友が何を考えているかさっぱり分からなかった。
―――――――――――――
※作者コメント
ウジウジはしません。
第四章 開幕です。
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