第73話 「キス、して……?」
手を繋いだまま人が閑静な住宅街の道を早霧と二人で歩いていく。
俺達がまだ小さかった頃は外を出歩く子供が多くてもっと活気に溢れていた気がするが、今は二人きり。
少し寂しい気もしたけど、二人だけの世界な気もして嬉しかった。この嬉しいって言うのは早霧の口から直接聞けたからだろう。
まあ俺は隠れていたのだがそれでも聞いてしまった事は事実な為、ただでさえ早霧の事が好きなのにどんどん好きになっていた。
いつもの丁字路を早霧と一緒に右へと回り、少し歩いたら我が家へと辿りつく。自転車が無かったので母さんは出かけているらしく、鍵を開けて家の中へ入った。
流石に靴を脱ぐ際に繋いだ手を離し、先導して俺の部屋へと向かう。世界一見ているドアを開けば、見慣れた俺の部屋がむわっとした空気と共に出迎えたのだ。
「うわ、あっつい」
「……だな」
後ろをついてきた早霧も同じ感想だった。
今日の朝は早霧が告白されるという事で頭がいっぱいで、部屋の窓を開けて出て行くことを忘れていたのである。
すぐに窓を開けると部屋の中よりはマシな夏の風が入ってきた。そして少し贅沢ではあるがこの状態でエアコンの冷房をつける。部屋が冷えるまでに時間がかかるからせめてもの時短だった。
「早霧」
「ありがとー」
タンスを開けて畳んでいたタオルの一つを早霧にそっと投げる。夏の暑さによってお互い汗だくで、それが部屋の熱気でより拍車がかかった。
窓の隙間から入り込む風の音とエアコンの駆動音をBGMにしながら、俺と早霧は黙々と腕や首と言った拭ける部分の汗をぬぐった。
「さあさあ、座って座って」
「そこ俺のベッドなんだが」
「まあまあ良いから良いから、まあまあまあ」
「ちょっと待ってろ、とりあえず窓閉めるから」
買い換えたばかりの最新式エアコンは部屋を冷やし出すのがとても早く、開いた窓は軽い換気という役目を果たしてすぐに閉じられた。
俺の部屋だというのにまるで自分の部屋のように俺のベッドに座ってと促してくる幼馴染が何を考えているかなんてもう気にするつもりもない。なので窓を閉めた俺は何の疑問も持たずにベッドへと腰掛けた。
「じゃあ私もー」
そう言って早霧も俺の隣に座る。距離はもちろん、公園のベンチと同じで腕と腕が当たるぐらいに近かった。
「やーっと休めるー」
「さっき公園でも休んだろうが」
「アレはアレなの」
アレはアレらしい。
確かに公園での雰囲気はアレでアレだったので、俺も休めている気はしなかった。
「やっぱり自分の部屋じゃないと落ち着かないからさー」
「ここ俺の部屋だぞ」
「蓮司と私は親友だもーん」
「親友の特権強すぎないか?」
「へへへへへ……」
ベッドに腰掛けて前に軽く足を伸ばしながら、早霧は俺を見て楽しそうに笑った。その笑顔は室内だというのに外の太陽に引けを取らないぐらい眩しくて。
「……蓮司?」
「……ああ、悪い。何か疲れがどっときた」
自分の部屋だからか力が抜けて、俺は背中からベッドに寝転んだ。
「……大丈夫?」
「……ああ、長い一学期だったから気が抜けただけだよ」
本当に長い一学期、いや一ヶ月、いやいや半月だった。
早霧が俺にキスをしてから怒涛の十数日。間違いなく俺が生きてきた中でも濃厚な日々である。
「……じゃあ、私も」
そしてその濃厚な日々はまだまだ続いていくみたいだ。
早霧もゆっくりと倒れてきて、俺の隣に寝転んでくる。
お互いに制服で、家が近いから着替えに帰ればいいのに、学校の延長線でここにいて、俺のベッドの上に、寝転がった。
同級生女子が、学園一の美少女が、ついさっき告白を断ったばかりの親友が、俺の事を好きでいてくれる幼馴染が隣にいる。
それはとても、とても幸せなことだった。
「一学期、終わっちゃったね」
「終わったな」
早霧は、ついさっき俺が言った事と同じ言葉を隣で呟いた。
「今日から、夏休みだね」
「それ公園でも言ってたぞ」
横から淡い色の瞳が、俺を見つめる。
「嬉しいじゃん、夏休み」
「めちゃくちゃ嬉しいな」
顔だけじゃなく、寝返りをうってこっちを向いてきて。
「来週からラジオ体操があって」
「朝、早いんだよな」
俺も寝返りをうち、早霧と向き合って。
「じぶけんで皆と会って、河でゴミ拾いをして」
「長谷川が張り切っていたな」
気づけば、足が絡んできて。
「……また今年も、夏祭りに行けて」
「……スタッフ側、だけどな」
近い顔が、綺麗な顔が、可愛い顔が、もっと、近くなって。
「それからもずっと、休みは続いて」
「予定が多いのは、良い事だからな」
お互いの息が混ざり合うぐらいの、距離になって。
「夏休みはずっと、蓮司と一緒にいて……」
「まあ、そうなるな……」
少しの間、見つめ合って。
「ずっと、一緒で……」
「一緒、だな……」
潤んだ瞳が、ゆっくりと閉じていって。
「キス、して……?」
「ああ、もちろん」
早霧は俺に、身を委ねて。
「――んっ」
「――んぅ」
唇が重なった。
一日ぶりの、親友とのキス。
唇と唇が触れ合うだけなのに、親友の想いを知った俺にとってはいつもよりも甘く、いつもよりも気持ちよくて、今までで一番、幸せだった。
「……ねえ、親友」
でも今日はそれだけじゃ終わらなくて。
「……どうした?」
一度俺の唇を離した早霧が、ふいに俺を親友と呼んだのだが。
「……して」
その後の声が何故か小さくなって。
「ん?」
聞き返すと顔がどんどん赤くなり、俺の胸元とネクタイをぎゅっと掴んで。
「し、舌……出して……?」
震えた甘い声で、そう囁いたんだ。
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