第72話 「……聞かないの?」
俺は覗きに付き合ってくれた草壁にお礼を言って自販機で好きなジュースをプレゼントしてから校門を抜けた。
夏の太陽は真上に位置し、少しタイミングが遅れたからかあまり人がいない通学路を眩しく照らす。バス停を通り過ぎ、いつもの道を曲がれば大通りから外れて閑静な住宅街を通る道へと変わる。
思えば一人で帰るのはずいぶんと久しぶりのように感じた。朝は時間帯がバラバラなのでともかくとして、帰りはいつも早霧が隣にいたからだ。
早霧に早く会いたいのに、万が一にも早霧が追いついてこないように早歩きで進んでいく。
待ち合わせ場所はいつもの公園と決まっているのだから。
「ふぅ……」
問題なくいつもの小さな公園にたどり着き、この前も座ったベンチに腰掛けた。
容赦なく照らす日差しをちょうどよく背後にある木が遮ってくれて、木洩れ日のようになっている。
隣に置いたスクールバッグから買ったぶどうジュースの缶を取り出してプルタブを開けると、カシュッという小気味いい音がした。
これも久しぶりの、習慣化していた時々ある楽しみだ。
習慣なのに時々で久しぶりという矛盾した塩梅が、程よく自分へのご褒美感があってとても良かった。
「蓮司ー! お待たせー!」
そして一番のご褒美は、早霧が笑顔で駆け寄って来てくれる事だった。
これも元々は早霧を待っていたのだからご褒美というとおかしいかもしれないが、一秒でも早く会いたかった俺からしたらこれだけでご褒美である。
「ついに夏休みだね! 結局最後までネクタイつけてたけど、やっぱり暑くない?」
「規則だからな。ほれ、暑いんだろ?」
「ありがとー! んっ、んくっ……ぷはーっ!」
飲みかけのぶどうジュースを手渡すと何の躊躇も無く受け取って隣に座った。
肩と肩が触れる距離から見るその気持ちが良い飲みっぷりは、どんな飲み物のCMよりも爽やかだった。
「えへへ、全部飲んじゃった」
「別に良いぞ。もう一本あるしな」
「えー、ずるーい! 飲みかけ渡されたー!」
俺がバッグからもう一つのぶどうジュースを取り出すと、隣でユサユサと身体を左右に揺らして肩をぶつけてきた。
空から照らしている太陽みたいなこの明るさは、先ほど体育館裏で覗き見ていた時とはまるで違っている。
今までもこうして明るく振舞ってきたのか……なんて思って。
「なら飲むか? 今日は夏休み突入記念で特別にサービスしてやろう」
「やったー! 流石蓮司! んー、でも、やっぱり良いかなー……」
「早霧?」
元気な声の後に感じたのは、肩に寄りかかってくる重さだった。暑さで汗だくの腕が密着し、俺の肩にそっと頭を乗せてくる。
それだけで温度が上がった気がした。
「……暑いね」
「……ひっついてるからだろ」
「……いーじゃん、ちょっとぐらい」
「……仕方ない奴だな」
平日昼の公園はどこまでも静かで、聞こえるのはセミの鳴き声ぐらいだった。その求愛の大合唱さえ気にならないぐらい、俺の意識は早霧だけに向いていた。
「……聞かないの?」
「……ん?」
「……何かあったのか、って」
「……聞いてほしいなら聞くぞ?」
「……ズルじゃん」
ああ、ズルだよ。
だって全部見ていたからな。
今までの告白の後と違って明確に甘えてきているのは、最近のキスで早霧の中で何かが変わったのかそれとも今日のダメージが大きかったからなのかは分からない。
分かるのは、早霧が俺の事を好きでいてくれるという気持ちだけだった。
「……夏休みだね」
「……ああ、そうだな」
セミの鳴き声が聞こえる。
「……まだお昼だから、お得感あるよね」
「……時間はたっぷりあるな」
風が木々を揺らす音も聞こえた。
「……じゃあ遊び放題だ」
「……宿題も忘れずにな」
耳元で囁かれるのは幼馴染の楽しげな声で。
「……それは後にして、さー?」
「……何だ? もったいぶって」
俺に甘えてくる、親友の声だった。
「……今から蓮司の家、行っても良い?」
「……ああ、良いぞ」
触れ合う汗だくの腕の先。
膝の上で、お互いの手を握り合っていた。
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