第69話 『……覗けば良いのでは?』
「あのぉ……」
七月二十一日、木曜日。
今日は一学期の終わり、終業式だ。
普通ならこれから訪れる夏休みを期待したり、配られる成績表に一喜一憂したりするだろう。
しかし俺はその限りではなかった。
早霧が告白をされる。
これだけが頭を支配していた。
今までもあったのに、それこそ去年まではほぼ毎日のようにあったのに……今は気が気ではなかった。これまで何も思わなかったと言えば嘘になる。けれど絶対に告白を断って、公園で待つ俺の所に来てくれるから安心していたんだ。
「えっと、あのぉ……」
きっと今日も同じだろう。
そう思いたいのに、俺の胸の中は昨日からずっと……モヤモヤがどんどん生まれては溢れだしそうになっていたんだ。
「ど、同志ぃっ!!」
「うおっ!? な、何だ草壁か……」
「な、何だじゃないですよぉ……! さ、さっきからずっと、人を殺しそうな目で後ろからずっと、無言でずっと睨んできてるの怖いです……!」
「……俺がか?」
「……同志が、です」
草壁は前の席から振り向いてコクコクと小刻みに首を縦に振るが、その長い前髪は揺れるだけで内側の瞳は見えなかった。
ずっと、をめちゃくちゃ強調しているあたり俺はずっと怖い顔をしていたらしい。
「それは……すまなかった」
「わ、私何かやっちゃいました……?」
「いやお前は……あぁ」
「あぁ!? あぁって何ですかぁ!?」
「あったかもしれないが些細な事だった。忘れてくれ」
「一番気になるやつですよそれぇ……!」
早霧に変な事を吹き込んで変な甘え方をしてきたけど、そっちは解決したから問題じゃない。今の問題はたった一つだ。
「……早霧が、告白されるんだ」
「……あ、それって昨日のぉ」
「知ってるのか!?」
「ひぃぃんっ!? すみませんすみませんっ!」
「あ、すまない……」
「こ、殺されるかと思いました……」
今の俺はそんなに怖い顔をしているんだろうか。ここまでビビられるとかなりショックである。いや今はそうじゃなくて。
「昨日のってどういう事だ? 草壁は何か知っているのか?」
「あ、え、あ、う、はい……」
前置きの発声練習が長い、はいだった。
「えっとぉ……昨日、私……八雲さんとジュースを買いに行ったじゃないですかぁ……」
「ああ、行ったというか連れ去られたな」
「そ、その時に……声をかけられましてぇ……」
「ど、どんな奴だった!? 先輩か、後輩か、同級生か? 男か女か? 人間かそれ以外か!?」
「選択肢多すぎませんかねぇ!? こ、後輩の男の子ですぅ……な、何ていうか……礼儀正しい感じの子でしたぁ……」
「礼儀、正しい?」
「あ、はい……少しお話したら、体育館から余っているパイプ椅子を持ってきてくれたり、な、何かお礼って言って大量のジュースを買ってくれたりしましたぁ……」
「……昨日のアレ全部ソレか!?」
「あ、アレがソレですぅ!」
アレがソレらしかった。
どうやら敵に塩を送られていたようだ。聞いた感じ変な奴では無さそうだが、敵は敵である。
「……昨日会ったんだよな? その時に告白をしてこなかったのか?」
「お、お話の時に部活の休憩でジュースを買いに来たと言いましてぇ、向こうも部活中だったらしく明日の放課後時間ありますかって聞いていましたぁ……」
「な、なるほど……その時、草壁はどうしてたんだ?」
「き、聞き耳を立てながらひたすら自販機でジュースを買ってました……」
「お、おぉ……」
「じゃ、邪魔しちゃいけないと思いましてぇ……」
「それは、まあ、そうだな……」
その礼儀正しい後輩とやらは早霧に用があって来たんだから当然草壁は蚊帳の外だ。気まずい中、良く逃げ出さなかったと思う。褒めてあげたい。
「あ、あのぉ……」
「ん?」
「こういうの、よくあるんですかねぇ? 八雲さん、なんだか慣れてるって感じでしたし、その子と別れて戻る時も普通な感じだったので……」
「……見て分かる通り早霧は美人で可愛くて綺麗で神秘的で魅力的でモテるからな。去年から告白をされまくっているし、嫌でも慣れると思うぞ」
「どうして同志はそうやって恥ずかしい事を平然と言えるんです?」
「事実だからだな」
「へへぇ……」
へへぇって何だろうか。
草壁の顔は口元しか見えないせいで感情が読みにくかった。
「へ、平気なんです?」
「平気に見えるか?」
「み、見えませんけどそうではなくてぇ……!」
慌てたように顔の前で手をブンブンと振る草壁。表情が見えない分、動作は激しかった。昨日もハキハキと挙手したり、意外にアグレッシブなのかもしれない。
「わ、私ならその……す、好きな人が告白されるって知ったら、えっと、嫌ですよぉ……それを、一年も、ですよねぇ……?」
「……まあ、そうなるな」
「あ、あれでも……同志と八雲さんは幼馴染なんですよね? 小中学校は、どうだったんですか? その、告白関係は……」
「早霧は生まれつき病弱だったせいで小学校低学年まではずっと学校を休んでいて、体調が良くなってからは中学卒業までずっと俺にベッタリだったからな。俺も早霧の体調を心配してずっと一緒だったし、知り合いばかりの学校だったので特にそういうのは無かったな。高校に上がってからはそれを知る友人達も散り散りになって初対面が増えたのが原因だとは思う。後は単純に色恋に目覚める時期だろうし」
「……ベッタリなのは今もだと思いますが」
急に刺してこないでくれ。
ボソボソと喋るからしっかりと聞こうとして、その内容が痛手の正論だった時のダメージは大きかった。
「で、でもそれならなおさら告白されるの許せないのではぁ……?」
「……最初は俺の知らない所で告白されててな、事後報告だった。でも早霧は知らない人とは付き合う気が無いよって言っていて、毎回告白の後は俺の所に来てくれるから許せないと思った事は無かったな」
「の、惚気ですか……?」
「そのくだりは昨日やったぞ」
「知りませんよっ!?」
ああ、それやったのは草壁が早霧に連れ去られた時だったか。
「まあ、そうだな……大丈夫だと、思ってたんだよ」
「そ、その顔を見たら分かりますけどぉ……大丈夫じゃ、ないんですよね?」
「昨日からずっとこんな感じだ……大丈夫だと分かっていても、不安で不安でたまらないんだ……」
「い、行くなと言えば良いのでは……?」
「早霧は優しいからな。相手が勇気を出して告白をしてくれるなら真正面から誠心誠意の気持ちを持って断らないと、失礼だと思っているんだ」
「そ、それに同志は何も言えない……ということですか?」
「そう、なんだよなぁ……」
思わず大きな溜息を吐いてしまった。あまり弱音を吐きたくないのに早霧の事になるとつい弱気になってしまう。
今まではこんな事無かったのに。やっぱり、早霧の事が好きだと自覚してからはそう思ってしまうんだ。
「な、何と言いますか……同志の行動理念って、八雲さん第一なんですねぇ……」
「そりゃそうだろ」
「そ、即答されても困るのですが……えっと、つまり、八雲さんの気持ちを尊重したいけど、告白されるのは嫌だし心配……という事ですよね?」
「……あぁ」
第三者から自分の状況を口で伝えられるのは堪えるものがあった。何故なら今の俺は矛盾の塊なのである。
本当にこんな事は初めてで、何をしたら良いか分からないんだ。
「……覗けば良いのでは?」
「……なに?」
「あ、い、いえ! の、覗くと言ったのは例えというかパッとした思いつきと言いますか、隠れて見てれば、良いんじゃないかなぁって……」
「草壁、お前……」
「ひぃっ! す、すみませんすみません! こんなの良くないですよね本当に思いつきなんです忘れてくださ」
「天才か?」
「……ひょえっ?」
草壁がくれた提案は俺に無かったものだった。
「我慢して待つしかないと思っていたから、その発想は無かった……まさか、覗くだなんて……やっぱり頭、良いんだな……」
「あんまり嬉しくないお褒めの言葉ですね……いえ、言ったの、私なんですが……」
「いいや褒めてる、誇って良いぞ。俺はお前のアドバイス通りに覗きに行く!」
「言い方ちょっと、いえ、かなりアレですが……が、頑張ってくださいね……?」
「……ついて来て、くれないのか?」
「何故ですっ!?」
怖いからです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます