第67話 「私達、親友だよね?」

 二人きりの狭い部室で早霧に押し倒された。意味の無い補足をしておくと押し倒されたのは上半身だけだし、床ではなく机の上である。

 そんな事を考えられる余裕があるのは、押し倒された俺ではなく押し倒した早霧に余裕が無さそうだったからだ。


「……どうした?」


 部室に差し込む夕陽を、早霧の白くて長い髪がまるでカーテンのように遮蔽して真下にいる俺を閉じ込める。

 二重の意味で閉じ込められた俺が見上げたのは、不安そうな少女の顔だった。全く、せっかくの美少女が台無しである。


「……どうもしないよ」

「どうもしないでこんな事しないだろうが」


 我ながら押し倒されている側のセリフじゃないと思う。けどそれを言えるのは原因である幼馴染の、親友の不安定っぷりのおかげだった。おかげと言うにはあまり恩恵は感じないが、冷静になれたのは確かである。


「私にしたい事、無いの……?」

「ありまくるに決まってるだろうが」


 何を不安になっているんだろうと思った。

 今まで突拍子の無い事をしまくっている早霧だったが今日は一段とおかしかった。もしかしたらまだ体調が悪いのかとも考えたが昨日早霧のベッドでしていた問答からそれも違うだろう。


「じゃ、じゃあ……しないの?」

「それをしてお前は元気になるのか?」

「……!」


 ハッとして淡い色の瞳が見開かれる。その顔を見て、ああやっぱりなと思った。


「げ、元気だよ私は!」

「元気な奴がそんな顔しないだろ」

「……えっ?」

「何年お前の隣にいると思ってるんだ。それぐらい気づくわ」

「…………ごめん」


 押し倒されながら謝られてもなぁ、と内心思ったのは内緒だ。それよりも今はこの面倒がかかる幼馴染である。

 昔から吐き出す時は一気に吐き出すが、抱える時はとことん一人で抱えまくる困った親友の元気を取り戻さなければならない。


「それで、何があった?」

「……私が蓮司に甘えたいんだって、ひなちん言ってたでしょ?」

「ああ、言ってたな」

「……それは、その通りなんだけど」


 自分に思う所があっても否定せず肯定するのが早霧の良い所ではあるが、堂々と宣言されるとそれはそれで図々しいなと思うのもまた事実だ。

 自己肯定感が高いのに根はネガティブというややこしいメンタルを持っているのを知っているの俺や家族ぐらいだろう。


「……私達、親友だよね?」

「……ああ」


 そしてそれは俺にも当てはまる。

 親友で良いと、早霧のしたいようにやらせると口では言ったが早霧本人から直接そう尋ねられると、それはそれで複雑な感情を抱いてしまうんだ。

 つまりは俺も早霧も面倒くさい奴というカテゴリに属する事になる。

 長谷川に何故付き合っていないのかと聞かれても、早霧が親友でいたいみたいだからそうしているとしか言えない。

 どう考えても親友がする範疇を超えるような事を何度もしていてもだ。


 これを互いに面倒くさい奴と言わずに何と言う?


「……親友なら、私だけしたい事をするのは違うなって思ったの」

「……めちゃくちゃ今さらだな」


 それに関しては俺が早霧を甘やかし続けたのが原因かもしれない。

 けれど考えてほしい。早霧が喜んでくれて俺にもメリットがある。それを断る理由は何処にも無いだろう?


 まあ、その結果が今に至るのだが。


「それにひなちんも、たまには同志を甘えさせてあげたら喜びますよぉって言ってくれたし……」

「おい、原因アイツか?」


 不安定な早霧に何吹き込んでるんだあの目隠れ少女は。

 しかし最低限の常識と優しさがあったようで助かった。もし草壁が同志の首を絞めてあげたら喜びますよぉとか言っていたら今この押し倒されている状況が別の意味になっていたかもしれない。


「私は蓮司に何もしてあげられてないのに、ひなちんは家族の為にバイトとか頑張れてて凄いなって……」

「それは確かにそうだが……ん?」


 今の例だと、俺と家族が同義になってないか?

 もちろんそんなのこの場とこの状況とこのメンタルの早霧には聞けない。


「だから私も、蓮司のしたい事があったらしてあげたくて……」

「じゃあまず退いてくれないか?」

「そーいう事じゃなくて!」

「そーいう事だがっ!?」


 だってこの体勢も結構辛いんだぞ?

 上半身だけ机の上に寝転びながら両足で身体を支えつつ、覆い被さってくる早霧の身体に不必要に触れないように調整していた。普段は使わない筋肉がフル活動していて明日は筋肉痛になっているかもしれない。


「そんな義務で互いに何かをするのが、お前が言う親友なのか?」

「…………それは、違う、けど」

「じゃあまずは退いてくれ、話はそれからだ、早く!」

「…………うん」


 自分の無理な体勢を意識したら途端に苦しくなってきた。俺の想いが通じたのか早霧はゆっくりと俺から退いていく。

 俺も身体を起こして机から降りた。起き上がる際に身体からピシピシと音がしたが怖いから聞かなかった事にしておこう。


「…………その、れん」


 それより今はこの幼馴染である。

 昔ながらのしおらしい姿を見るとドキッとする事は多いが、こう何度も短期間に見せられると心配が勝るんだ。

 それにオドオドキャラは草壁一人で間に合っている。アイツの凄さを真似るのは良いが、全てを真似する必要は絶対に無い。

 

 早霧には早霧の良さがあるのだから。


「早霧」

「えっ?」


 だから。


「――んっ」

「――んぅ」


 そんな良い所と悪い所がありまくる親友と唇を重ねた。それを全部ひっくるめて愛おしく感じるのは惚れた弱みだろう。

 ただ願わくばこんな暗い雰囲気を払拭する為のキスではなく、朝教室を抜け出した後のような、明るい気持ちでキスをしたいなと思った。


 何て言うか、とても贅沢な悩みである。

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