第66話 「私にしたい事、ある……?」
「じゃあまた明日ねーっ!」
ブンブンと小さい身体で大きく手を振るユズルに別れの挨拶を返し、俺と早霧は夕焼けが照らす通学路を二人で歩いていた。
バイト組の長谷川と草壁が一足先に帰り、残った俺と早霧とユズルという珍しい三人が少し遅れて下校する。そして今はユズルとも別れた所だった。
「夏祭り、楽しみだね」
「ああそうだな。とは言ってもスタッフ側だから遊ぶ時間はあまり無いぞ?」
「それでもいーの!」
朝からご機嫌な早霧が今もご機嫌な様子で夏休みに行なわれる自分らしさ研究会もとい、ボランティア部の活動について話し出した。
七月に行なわれる大きな行事は主に三つである。
一つ目が近所の広場で平日に毎朝行なわれるラジオ体操。これは地元民である俺と早霧の担当になった。
二つ目が来週の木曜日に行なわれる、街外れの河川敷でのゴミ拾い活動。これは自分らしさ研究会のメンバーである俺、早霧、ユズル、長谷川の四人が担当になった。
そして最後に月末の三十一日の日曜日に行なわれる、学校近くの神社での夏祭り応援スタッフ。これは俺、早霧、ユズル、長谷川に加えて草壁が担当となる。
その他にも来週の水曜日と土曜日に軽い打ち合わせで部室に集まるが、基本的にはそんな感じだった。
俺と早霧がずっと担当になっている事で、ユズルと長谷川がゴミ拾いは休んで良いと言ってくれたが、俺も早霧も暇だし近いので大丈夫と押し通した。渋々了承してくれたユズルはその代わりに八月の活動は長谷川と一緒にやるから、俺達はもっと遊んでよと言ってくれた。
俺達よりも長谷川が喜んでいたのが気になったが、長谷川は長谷川でこの夏休み中にちっとも進まない仲に少しは進展があったら良いなと思った。
まあ俺も人の事は言ってられないのだが。
「あっ、ゆずるんだ!」
「ん? ああ、バスか」
大通りを歩く俺達の横を市内を走るバスが通り過ぎた。その中にユズルが乗っていたみたいで早霧が遠ざかっていくバスに手を振っている。
部活中にボソッと呟いた元気の無い声に少し心配したが、今はそんな事を感じさせないぐらいに元通りだった。むしろ元気すぎて余ったジュースを悪いからと謎の理由でがぶ飲みしていたぐらいである。
「バス通学は楽しいそうでいーなー……あっ!?」
「どうしたトイレか?」
「ち、違うよ! も、もー、急に変な事を聞かないってば!」
「すまんすまん。それでどうしたんだ?」
「あー、部室に……忘れ物しちゃって……」
気まずそうに早霧が言ったが、何だそんな事かと俺は思った。
「良い所で思い出したな。まだ近いからすぐに戻れるが、それは急ぎの物なのか? 明日は終業式だから学校はあるぞ?」
「お、お弁当箱、なんだよね……」
「それは取りに行った方が良いな」
部活中に大量の缶ジュースに囲まれて開かれたノリと勢いだけの昼食パーティ。その時に広げていた弁当箱を早霧は忘れたと言う。
いくら空になったとはいえ、夏場の弁当箱を放置するのはとても危険だった。
「よし戻るか」
「えっ? 蓮司は先に帰るか、いつもの公園で待ってて良いよ?」
「まだ大して歩いてないんだし、別に良いだろ?」
「でも、忘れたの私だし……」
申し訳無さそうな早霧はテンションの高低差がいつもより激しかった。やっぱり何かを気にしているみたいだから、俺は魔法の言葉を言わなければならない。
「気にするな。親友なんだからな」
「…………うん、ありがと」
魔法の言葉の効果は絶大で、嬉しそうに微笑んでくれたその姿が夕陽に照らされてとても綺麗で……ドキッとした。
――だからこうして二人一緒に部室に戻る頃には俺はすっかり失念していたんだ。
「お、あったな弁当箱。机の上に置いて誰も気づかないの、凄くないか?」
「…………」
ガチャリと、鍵がかかる音が背後から聞こえた瞬間。
「ん? うおおっ!?」
振り向いた俺は、俺の上半身は早霧によって机の上に押し倒されるように寝転がらされていて。
「さ、早霧!?」
「れ、蓮司は……」
早霧が俺の顔の両側に手を置いて覆い被さった所で、ようやく思い出した。
「私にしたい事、ある……?」
「いや、してるのお前だがっ!?」
――親友という魔法の言葉は効果が絶大だが、効きすぎるという事を。
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