第65話 「今日も?」
「ご、ごほんっ! じゃ、じゃあ今回のじぶけんを始めようかっ!」
紆余曲折。本当に紆余曲折があり心身ともに疲れ果てた所でようやく落ち着きを取り戻した我らが自分らしさ研究会の活動が始まった。
元倉庫の狭い部室に向き合って重ねて並んだ二×二の机。窓際の席に向かい合って俺と長谷川が座り、扉側の席に草壁とユズルが座る。
そして早霧は何処からか持ってきたパイプ椅子を俺の横に置いて座っていた。机の上を覗く為にちょっと身を乗り出すだけで身体が触れる距離で、その白くて綺麗な長い髪が揺れるとふわりと良い匂いが漂ってくる。
そんな誘惑に耐えていると、小さな会長であるユズルが号令と共に複数のビラを机の上に広げた。
「明日から夏休みだからねっ! 自分らしさ研究会の活動は忙しくなるよっ!」
「俺達の夏は明日からだぜーっ! おっ、今年も川の美化活動があるじゃんか! これ大物のデカいゴミが取れて好きなんだよなー!」
「それで喜ぶのお前ぐらいだろ……。それよりも地域の広場で行なわれるラジオ体操当番がネックなのだが……」
「蓮司は朝弱いもんねー! あ、見て見て蓮司っ! 今年も神社の境内でやるお祭りのスタッフがあるよ!」
ワイワイとそれぞれがビラを取っては思い思いの言葉を口にする。特に早霧は自分が取ったビラを俺に見せ付けてくるレベルだった。どれだけ祭りが楽しみなんだろうか。
「……ひょえっ?」
そんな俺達のやり取りを見ていた草壁が声を発した。疑問符でいっぱいのその声音は声量こそ無かったものの、この空間では珍しいものだったので部室内に響き渡った。
「草壁、どうかしたか?」
「え、あ、その、同志……これって、自分らしさ研究会の活動なんですかぁ……?」
おっかなびっくり聞いてくる目隠れ少女の言葉に、ああそうかと納得する。草壁は自分らしさ研究会という名前しか知らないのだ。
「ああそうだぞ。そもそも自分らしさ研究会なんて活動内容で学校が許可して部室を与えてくれないからな。表向きの名称はボランティア部という事になっているんだ」
「ボランティア部……あ、き、聞いた事ありますよぉ……あの何をしているか良く分からない部活ですよねぇ……」
何をしているか良く分からない部活にお前は相談に来たんだぞ、草壁。
「どうやらまだまだじぶけんの認知度は足りていないみたいだねっ! これはこの夏休みでもっと周知させないといけないっ!」
「うおおおおおおおおっ! 流石だぜゆずるちゃん! 一生ついていくぞーっ!!」
自分らしさ研究会のツートップはポジティブと向上心の塊だった。
「そういえばひなちんって何部なの?」
と、俺の横から身を乗り出す早霧に。
「……き、帰宅部ですぅ」
草壁はめちゃくちゃ気まずそうにそう言った。
「そんな気負わなくても良いぞ? 俺達も長期休みに行なわれるボランティア活動以外は基本的に集まっているだけだからな」
「自分らしさの追及と言ってもらいたいっ!」
草壁にフォローしたら、すぐに向かい側から小さな会長の訂正が入った。
「じゃあさじゃあさ、ひなちんもじぶけんに入ったら? 椅子は貰ったしきっと楽しいよ!」
「ひょえっ!?」
シレっと言った、その椅子が貰い物だという事が衝撃的だったがそれ以上に草壁は驚いた様子だった。
「あ、それ良いねっ! どうだいひなちゃん。キミの首絞め道を成就させる為にも、私達じぶけんに入らないかいっ?」
「俺達はいつでも自分らしさに悩む人を歓迎しているぜ! なっ、赤堀!」
「むっ? まあ、本人が良いなら俺は何も言わんが……もう知っているとは思うが少なくても全員良い奴なのは保障するぞ」
「そうそう! ねね、どうかなひなちん!」
自分らしさ研究会四人の視線が今度は草壁一人に向けられる。
アワアワ、アワアワと小刻みに震えながら草壁は口を開いてたのだが。
「た、たまのお手伝いなら良いのですがぁ……放課後はその、基本アルバイトで忙しいのでぇ……」
それは今にも泣きそうな声音だった。
草壁はきっと人からの誘いを断るのに慣れていないのと、根が優しいんだろう。
「そっかー、ならしかたないねっ!」
「俺もバイトしてるから気持ちは良く分かるぜ! 大変だよなぁ!」
すかさずユズルと長谷川がフォローに入る。この二人は勢いだけで生きているがこういった事には本当に機敏だった。
「あう、申し訳ないです……」
「気にしなくて良いぞ? バイトで忙しいんだろう?」
「は、はいぃ……今日も夕方からありますぅ……」
「今日も?」
「あ、はい……平日は、毎日……」
「毎日!? 学校の後だよね? 大変じゃないの?」
「う、ウチは大家族なので、少しでも家の助けになれたらなぁ……って……へへへ、すみません……」
何故か謝っているが、とても立派だった。これだけ頑張っているのに自己評価が低いのは謎である。もっと誇っても良いだろう。
「毎日バイトって、勉強の方は大丈夫なのっ?」
と、つい最近補習テストを乗り越えたばかりのユズルが言ったのだが。
「あ、はい……と、特待生で入って、成績は入学してからずっと学年トップなのでぇ……」
「と、とくたいせぇっ!? 学年トップ!?」
「す、すみませんすみませぇん……っ!」
心配していた筈のユズルがカウンターを食らってしまった。
毎日放課後にバイトをする特待生で学年主席の成績を収める少女が、ペコペコと何度も頭を下げているという状況の中で。
「…………すごいなぁ」
早霧がボソッと呟いた言葉が、耳に入ってきたんだ。
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