第64話 「ナニモナカッタヨ!」

「ま、まあ……レンジがそう言うなら私達が力になれる事は無さそうだねっ」


 俺と長谷川が惚気だ惚気じゃないとすったもんだを繰り返している所にユズルが割って入ってきた。それはとてもありがたかったのだが、さっきから微妙にユズルの視線が泳ぎまくっている。

 そういえば教室でも人の色恋沙汰には過敏に反応していたので、こういった事には慣れていないのかもしれない。良く言えば純粋でピュアなのだ。

 それなのに率先して相談に乗ってくれたのは本当にありがたい。


「ああ。聞いてもらっただけで申し訳ないが、今はただ見守ってくれると助かる。俺達の事も、早霧がする突拍子の無い行動についてもな」

「それはもちろんっ! 私達はじぶけんの仲間だし、友達だからねっ!」

「八雲ちゃんが何かする時って決まって赤堀も関わってるしな。明日から夏休みだしそんな心配しなくても大丈夫だぜ」


 ユズルも長谷川も、どちらも温かい言葉だった。

 長谷川に関しては一言余計な気もしたが、こうやって男友達ならではの気兼ねの無い言葉が今はありがたい。気づけば自分らしさ研究会の男女比が、草壁が出入りを増やした事により変わろうとしているからな。


 そんな事を考えていると、横から部室の扉が開く、ガチャリという音が聞こえて。


「たっだいまー!」


 と、勝手に部室を飛び出した件の美少女が勢い良く入ってきた。その左腕には何処から仕入れてきたのかパイプ椅子を抱えている。

 ジュースを買いに行ったんじゃなかったのだろうか?


「お、お待たせいたしましたぁ……!」


 その答えは早霧の後ろから現れた。

 連れ去られた草壁が、これまた何処からか持ってきたハンドバッグに大量の缶ジュース入れていたんだ。

 俺達が座る二×二に向き合い重ねられた机の上に一気にそれが広げられる。パッと見で十を超える缶ジュース達が、ゴロゴロと机の上に転がった。


「早霧お前……これ全部、草壁に持たせたのか?」

「ううん、私も持つよって言ったんだけど」

「ち、違うんですよぉ! ど、同志これは私が持つって言ったからでぇ……!」


 ガチャガチャと俺の隣にやってきてパイプ椅子を組もうとしている早霧に問うと、その返事を遮って草壁が挙手をする。授業中でも見ないハキハキとした挙手だった。


「や、八雲さんはそ、その……大変なので!」

「大変? 何が大変なんだ?」

「そ、それは……そのぉ……」


 モニョモニョ。

 だんだん語尾が小さくなっていく草壁。ただ聞いているだけなのに、悪い事をしている気分だった。なのでもう一人の方に聞く事にする。


「早霧、何かあったのか?」

「ナニモナイヨ!」


 即答で、カタコトだった。

 俺の顔を見ているようで、微妙に視線が逸らされている。絶対に何かあった後なのは間違い無さそうだ。


「……草壁」

「ナ、ナニモアリマシェェン……!」


 草壁までカタコトだった。

 ここまで露骨だと隠す気あるのかとも思うが、俺も先日草壁と似たような事を経験済みなので。


「はぁ……何も無いならそれで良いが、何かあったらすぐに言うんだぞ?」

「うん!」


 溜息混じりに視線を早霧に戻すと、何処からか持ってきたパイプ椅子に座った状態で殺人的な笑顔が飛んできた。

 今度は俺が思わず視線を逸らすと。


「あ、甘いね……っ!」

「ああ、アイツやっぱ八雲ちゃんには甘いよな……っ!」


 対面に座っていた大小コンビが俺達を見てヒソヒソと、いや普通に聞こえる声量で話していたんだが……見守ってくれるんじゃなかったのか?


「蓮司はぶどうジュースとぶどうジュースとぶどうジュース、どれが良い?」

「ああ、じゃあぶどうジュースを……って、どれも同じだろうが」

「へへへ、バレたかー」


 そんなのお構い無しに隣からはチョンチョンと肩を叩かれて、見れば舌を出してボケる幼馴染がいて。


「ぐあふぅっ……!」

「ゆ、ゆずるちゃーんっ!? 何だこれさっきまでのは全部この為の前振りだってのか!?」


 それを見て阿鼻叫喚のコントを始めるユズルと長谷川がいて。


「な、なんだか疎外感を感じますよぉ……!?」


 更にそれを見ていた悲痛な叫びをする草壁がいて。


「ねえ蓮司、長谷川くんが言ってるさっきまでのって何?」


 一周回ってきて、転々と行なわれた会話の間に挟まったそれに疑問に思ったのか、グイッと覗き込むように近づいてくる早霧がいて。


「そ、それは……え、ええいっ! さっさと部活を始めるぞお前らぁっ!!」


 早霧に聞かれる訳にはいかず、勢いとテンションで誤魔化そうとする俺がいた。

 自分らしさ研究会の活動が始まる前から、狭い部室にはとても収まりきれない程の混沌として騒々しいやり取りが行なわれていたのだが。


「逃げたねっ」

「ああ、逃げたな」

「に、逃げましたねぇ……」

「逃がすかー!」

「早霧ぃっ!?」


 それなのに急な四面楚歌に襲われて、かと思えば急に隣から座ったまま早霧が俺に飛びつくように抱きついてきた。

 そこからは先ほどまでと同じようなやり取りが行なわれたので割愛するが、部活が始まるまでに俺のメンタルはとても疲弊したとだけ言っておこう。


 部室を飛び出す前より悪化してないか、これ?

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