第54話 「……からだ、ふこっか?」

 親友同士でベッドの上で絡み合い、キスだけを繰り返すという幸せで歪な時間を過ごしていた。

 お互いを認識する輪郭線は薄れ出してどちらのものとも分からない汗が混ざり出した頃、回らない呂律で早霧が呟いた。


「……からだ、ふこっか?」

「……え?」


 流石の俺も聞き返す事しか出来なかった。

 荒い息の中で密着していた身体が離れていって寂しさと共に冷房の涼しさを運んでくる。混ざり合った熱で火照った肌と思考を冷ますにはこの部屋の冷房は少し効きすぎているかもしれない。


「……このままじゃ、風邪ひいちゃうかも」

「……なら、仕方ないな」


 多分俺の頭はまだ熱にやられていて、その言い方から体調を崩している早霧自身じゃなくて俺を心配して言ってくれたんだと思う。

 二人してベッドからゆっくりと上半身を起こす、身体にかかっていたタオルケットは足元でぐちゃぐちゃになっていた。

 早霧は軽くふらつきながら立ち上がると、おぼつかない足取りで部屋のクローゼットからタオルを一つ手に取る。それと一緒に机の上に置かれていたスポーツドリンクが入っているペットボトルも手に持って、ほとんど倒れこむように俺の隣に座りこんだ。

 ギシッと、大きくベッドが軋んで。


「……んっ……んっ……ふぅー……はい」

「……ありがとう」


 スポーツドリンクの飲み方が妙に艶かしく感じたのはさっきまでずっとキスをしていたからか、それとも座りながら肩と肩を合わせているからだろうか。

 水分補給をして一息ついた早霧は半分になったペットボトルを俺に渡してくれる。常温のそれを受け取り、俺も一気に飲み干して渇いた喉を潤した。

 そういえば、初めてキスをした時も間接キスが切っ掛けの一つだなと思いながら。


「……はい、これ」

「お、おう」


 そして次に早霧は一つしかないハンドタオルを俺に手渡してくる。旅行先のホテルに置いてあるような、ふかふかの手触りだった。


「……あっち見てて」

「え? さ、早霧ぃっ!?」


 そんな事、考えている場合じゃなかった。

 同じベッドの上で俺と早霧は肩を寄せ合っていたのに、タオルを手渡した早霧が突然背を向けると一度大きく深呼吸をする。


 そして、そのダボダボのTシャツを脱ぎ出したんだ。


 一瞬で露わになった白い素肌を、ファサッと白く長い髪が隠す。それでも刹那の瞬間に目に映った綺麗な背中と細い腰の映像は、俺の脳内に強く刻み込まれた。


「……あっち見ててって、言ったのに」

「いやそれはお前が急に脱ぎ出したからでだなぁっ!?」

「……脱がないと、拭けないもん」


 拭けないもん、じゃないが。

 脱いだTシャツで胸元を隠し、背中を向けた状態で俺に振り返る早霧が恥ずかしそうに視線を落とす。

 この状況、その表情、そしてセリフの全てが反則的だった。


「そ、それでも……いや、いい……」


 脳内で様々なバリエーションの抗議の言葉が思いついたが、その全てが一蹴される未来が見えたので首を横に振る。

 風邪をひいてしまうなら仕方ないと俺はもう言ってしまっているんだ。もう後には引けない。


「……拭くの、背中だけだからな」

「……うん」


 ならばさっさと終わらせるのが、早霧の体調の為でも俺の理性の為でもある。改めて見てしまったその芸術のような白い肌に、俺は自然と生唾を飲み込んでいた。


「ふ、拭くぞ……?」

「あ、ちょっと待って……」

「んなっ!?」


 早霧は俺に背中を向け、左手で脱いだシャツを胸元に抱きながら、右手をうなじに回してその白く綺麗な長い髪を束ねて前に流した。

 その背中が、腰が、隠れていた全てが白日の下……いやベッドの上に晒される。

 そして一瞬だけ、髪を束ねるその一瞬だけ、背中越しからその大きな胸が、シャツで隠しきれていない一部分が見えてしまって。


 俺は即座に思いっきり自分の下唇を噛んだ。


「……じゃあ、お願い」

「……あ、あぁ」


 痛みに救われる命も存在する。それを今日、俺は身を持って学んだんだ。

 その教訓を胸に刻んだ俺はもはや無敵かもしれない。

 気を取り直し、俺は手に持ったタオルで、汗ばんだ早霧の白く透き通るような肌を拭いて――。


「ぁ……ぃっ……」


 ――瞬間、その身がビクッと震えた。早霧は背中を丸くして、漏れる声を手で押さえこんでいて。


「く、くすぐったい……」


 耳まで真っ赤にして、そう呟いた。

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