第52話 「ど、どう……?」
おでこでおでこの熱を測る。それがどれだけ大変な事かをこの幼馴染は分かっているのだろうか?
一番の問題点は早霧がベッドに仰向けで眠っているという事だ。
タオルケットこそ身体にかけているが、薄手の生地によって発育の良いボディラインがくっきりと浮かんでいる。
そんな状況で俺が早霧のおでこにおでこを当てるという行為が、どのような体位もとい体勢になるかといえば……それはもうとんでもなく押し倒している風な見た目になるのは火を見るよりも明らかだった。
「まだ……?」
だというのに。
このワガママ姫はジッと目を閉じて微動だにせず、しかも催促までしてくるんだ。
熱を測るというある種の医療行為なのに背徳感しか沸いてこない。それでもやるしかない状況に追い込まれていたんだ。
「ま、待ってろ……!」
声が震えるのを我慢して俺は腰掛けていたベッドに膝を乗せる。
一人用のベッドは二人乗る事を想定していなかったのか、ギシッという軋みの音を部屋中に響き渡らせた。
「すぅー……はぁー……」
思わず深呼吸をしても入ってくるのは早霧の部屋の甘い匂い。それがまた俺の脳を揺さぶった。
熱を測るだけ、熱を測るだけと、自分に言い聞かせても跨った先にいるのは好きな相手が目を閉じて眠っている姿なのである。
これは新手の拷問なのかもしれない。
「じゃあ、測るぞ……?」
「うん……」
早霧は目を閉じながら小さく返事をした。そんな小さな仕草でも小さく唇が動いて、俺の胸が大きく跳びはねる。
今の目標は唇じゃない、おでこだ。それなのにどうしても唇に目が行ってしまうのは、何度もしてきたキスのせいだろう。
「う、動くなよ……」
何度も確認する俺の女々しさをどうか許して欲しい。
何度もキスをしたのに、おでこを重ねるだけなのに、今まで以上に駄目な事をしている気がした。
それはここが早霧の家だからか、ベッドの上だからか、ようやく今日触れ合えるからか、想いが届きそうで届かないからか、答えは出ない。
キスをしてしまいそうなぐらいに近い顔の距離によるドキドキは、とうの昔に通り過ぎた。
キスをしている関係だからこそ、その先を望んでしまう。駄目だ駄目だと分かっていても、早霧は調子が悪いんだぞと昔からの俺が警鐘を鳴らしても、愛しい顔が目の前に広がるとそれだけで周りの音は何も聞こえなくなる。
「…………」
「…………」
静寂に包まれた部屋の中で、ギシッとまたベッドが軋んだ。
「…………」
「…………」
ああ、やっぱり睫毛長いな。
そんな考えが頭の中にパッと浮かんでは消えて、ゆっくりと触れ合うおでこを離していく。
「ど、どう……?」
開いた淡い色の瞳に、俺の顔が映って。
「あ……」
思わずこぼれた吐息の主に、俺の姿はどう映っていたんだろうか?
「……分からなかったから、もう一回良いか?」
「……良いよ」
そしてまた、ベッドが軋む。
今度は互いに見つめ合っていた。
「…………」
「…………」
おでことおでこを合わせるだけ。
キスよりも面積は広いが、キスよりも健全な筈だ。
それなのに互いの認識が曖昧になって目が離せなくなるのは何故だろう。それこそ膝の力を抜けばこのまま彼女に倒れこんで、完全に距離を零に出来る。
でもそんな事をしなくたって通じ合えたような気がして。
「……だ、だめ」
だからだろう。
変化していく俺の意志を早霧がいち早く察して、薄桃色の唇を手で隠した。
「風邪だったら、蓮司にうつっちゃうから……」
恥ずかしそうに目を逸らしても、朱色に染まる頬は隠せていなかった。
早霧は自分勝手だ。
自分からキスをしてきたというのに、自分の理由で俺がしたい時は拒んでくる。
それが俺を想っての事なのだから、なおさら愛おしくなっていくんだ。
「ああ、そうだな……」
「うん……」
その言葉に、ぼんやりとしていた頭が冷えていく。
具合が悪くなるという辛さを、早霧は人一倍知っているから。それを自分のワガママで、俺にさせたくはないんだろう。
「……ずっと、思ってた事があるんだ」
「……え?」
だからこそ、熱を帯びる。
「早霧の辛さを、俺が引き受けられたら、どれだけ良かったろうって」
「……あ」
俺は昔から、早霧にお熱なんだ。
「うつしていいぞ」
「ま、まって」
だからこれは俺のワガママ。
その細い手をそっと掴んで退かし、綺麗な薄桃色の唇を露出させて。
「れん――」
「――――」
ギシリと大きく、ベッドが揺れた。
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