第51話 「……おでこで、して?」

「元気そうだが、顔は赤いな。やっぱり熱があるんじゃないのか?」

「それは蓮司のせいだと思うよ!?」

「自分の体調を人のせいにするんじゃない」

「蓮司のせいだもん! 蓮司のせいだもん!」

「何で二回言った?」

「それ今関係ないじゃん!」


 ベッドの角で跳びはねた後の猫みたいな体勢をしている幼馴染と謎の舌戦を繰り広げる。

 お見舞いに来たのに元気そうで、顔は赤いのに俺のせいで、心配していたのに口喧嘩をしてと、めちゃくちゃだった。


「だって蓮司のせいで寝れなかったんだからさ!」

「……なに?」

「…………あ」


 学園一の美少女が、ヤバ……って顔になった。

 この顔はたまに見る、やらかした後の顔である。そして今も、俺に聞かれたという時点で絶賛やらかしていた。

 つまり早霧は、寝不足により体調を崩したという事で。


「お前なぁ……」

「え、れ、蓮司……?」


 それを知った俺の身体からドッと力が抜けてベッド下のカーペットに腰を下ろすと、困惑した声が上から聞こえてきた。

 また具合が悪くなったんじゃないかって心配が解消されて、ホッとしたんだ。


「お前が元気で良かったよ」

「あ、うん……」


 このままふかふかの床に寝転がりたい気分だったが、夏場の汗を吸った制服で寝転がるのはいくら幼馴染でも問題だと思ったのでぐっと堪える。それに座ったままじゃないと早霧の顔も見れない。

 それじゃあ大問題だ。


「ユズル達も心配してたからな。今日だって、お前がいなければじぶけんじゃないって言って俺を送り出してくれたんだぞ?」

「ゆずるんが?」

「後でメッセージでも良いから連絡しとけよ」

「うん……えっ、蓮司から大量にメッセージが来てるんだけど……?」

「そりゃ心配だったからな。昨日風邪引いちゃうなーとか言ってた奴が学校を休んだんだぞ? 無理させてたんじゃないかって思うだろうが」

「……うー」


 うー、って何だ?

 おい早霧、今のうー、って何だ?

 今までに聞いた事が無い声だったぞ?


「ずるいなぁ……」

「なんだって?」


 早霧がボソッと何かを言ったが微妙に距離があるのと、うーに夢中で聞き取れなかった。


「……ありがとって言ったのっ!!」

「お、おぉ……」


 そんな今さら照れて怒りながら言う間柄でもないだろう。

 しかし元気そうでもやはり顔は赤いままだ。それが怒っているからが原因とは言え学校を休んだという事実は変わらない。


「……大声出してないで今は休め。ここにいてやるから」

「…………良いの?」


 キョトンとして、やけに長い間だった。


「当たり前だろ。何年お前の横で看病してきたと思ってるんだ? それにお前の母さんから夕飯を食べていってとお願いされたしな」

「……最後のはいらないかも」

「仕方ないだろ事実なんだから……ほらほら、良いから寝ろ寝ろ」


 余計な小言に口を出してくる幼馴染を催促してベッドの角から元位置に戻す。その際に俺も立ち上がってタオルケットをかけてやると、ふわっと風に舞って早霧の濃い匂いがした。

 ……今の言い方が気持ち悪かったと、心の中で自戒する。


「…………よきにはからえ」

「全部やってもらった後に言うセリフじゃないだろ」


 タオルケットから赤い顔を覗かせる早霧がまたボソッと呟いたが、今度は立ち位置と状況的にも聞き逃さなかった。とは言ってもだからどうしたんだと言うような内容である。

 風邪じゃないとはいえ本調子じゃないのか、いつものキレが無かった。


「一応聞くが、熱は無いんだよな?」

「……記憶にございません」

「測ってないならそう言え。さっきから顔、赤いんだから」

「それは蓮司が……うー」


 また、うー。

 何だこれ、話題がループしているのか?


「……そんなに気になるの?」

「早霧の事なんだから当たり前だろ」

「…………」

「おいなんでそこで黙る?」


 聞かれたから答えたのに、タオルケットを頭まで被られてしまった。かと思えば、淡い色の瞳が見える位置まで下ろして。


「……じゃあ、良いよ?」

「なんだって?」


 何かを言ったが、今度はタオルケットの内側でもごもごしているせいで聞き取れなかった。


「……蓮司のばか」

「今のはお前のせいだろ」


 仕方なくしゃがみ、俺はベッドの端に腰かける。近くなった早霧の顔はやはり赤かった。


「そんなに言うなら……熱、はかってよ……」

「俺が?」

「うん……」


 熱を測るだけだというのに、やたらしおらしくなってドキッとした。

 近くに体温計は見つからず、早霧も何故かタオルケットから出てこようとしないので俺はおでこに手を伸ばして。


「……ううん」


 バシっと、手を弾かれた。

 おい待て、何だお前。測れって言ったのお前だろうが。


「……おでこで、して?」


 俺は言われた意味が最初分からなかった。

 おでこに触ろうとしたら駄目で、おでこでしろと言う。

 その謎かけのような真意に気づいたのは、早霧の変化に気づいてからで。


「…………」


 彼女はベッドに寝たまま、タオルケットを首元まで下ろしていた。

 外気に露わになる幼馴染の整った顔。その表情は瞳を閉じ、まるで俺を待っているみたいで。しかもご丁寧に前髪を横にわけて、そのおでこを晒している。


 古今東西仲が良い男女が熱を測る時にする、よくありそうなシチュエーション。

 おでこをおでこに当てて熱を測れと、このワガママな眠り姫様はそう言っていきなり俺にその身の全部を委ねてきたのだった。

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