第49話 『そのこだわりなに?』

 早霧が風邪で学校を休んだ。

 そんな中で授業になんて集中できる筈が無かった。

 授業合間の休み時間にメッセージをいくら送っても既読はつかず、昼休みになって電話をしても繋がらない。

 完全に八方ふさがりだった。


「やはり、今からでも早退するしか……」

「赤堀ってさ、普段は馬鹿真面目だけど八雲ちゃんが絡むとただの馬鹿になるよな」


 俺の席に来た大男、長谷川が開口一番に酷い事を言った。

 世が世で俺が武士ならきっと斬り捨てている。それぐらい無礼だった。


「分かってないな長谷川、あの早霧が風邪をひいたんだぞ? お前だってユズルが風邪になった時は心ここにあらずだったじゃないか」

「確かにそうだけど……朝のホームルームでみんなが見てる中で先生相手に堂々と心配だから早退しますなんて、俺は言わねぇよ」

「違うな、俺が言ったのはお見舞いに行きたいんで早退しても良いですか、だ」

「そのこだわりなに?」


 心配なのは大前提、行動理由としてのお見舞いに行きたいである。


「早霧は幼い頃は病弱で家から一歩も出られなかったんだぞ? そんな早霧が風邪をひいたとなっては一大事だろうが」

「お前の頭が一大事だよ。昔の話だろ? 今は元気なんだからせめて放課後まで待てよな。心配なのは痛いぐらい分かるからさ」

「長谷川……」

「よせって。男に上目遣いされてもされても嬉しくねぇからよ」

「……でもそろそろメッセージが三桁いきそうなのに既読がつかないのはやはり緊急事態じゃないんだろうか……」

「今日のお前今までで一番面倒くせぇわ」


 大男がめちゃくちゃ大きな溜め息を、まるで俺に見せつけるように吐いた。


「草壁ちゃんからもコイツに何か言ってくれよ。俺よりも草壁ちゃんからの方が効くだろうし」

「ひょえっ!? わ、私ですかぁ……!?」


 前の席に座っていた草壁が長谷川に呼ばれると、凄い勢いで俺に振り向いた。その勢いで長い前髪がふわっと揺れたが、隠れている目は見えなかった。


「わ、わ、わ、私はぁ……束縛してくれる人にはキュンですけどぉ……」


 多分褒めてくれているんだと思うが、束縛というワードが強すぎる。


「あ、で、でも同志には八雲さんがいますからね!? 刺さないでくださいね!?」


 とうとう刺してくる相手が見知らぬ誰かから俺になった。

 臆病な草壁は謎の被害妄想に囚われているようである。


「し、心配してくれる人がいるのは……とても嬉しいですからぁ……」

「草壁……」

「草壁ちゃん……」


 普段は物静かで大人しい草壁が言うと妙な説得力があった。それに俺と長谷川は居たたまれなくなり何も言えなくなって。


「で、でも長谷川くんが言うとおり、同志もちょっと面倒くさいのは認めます……」

「草壁っ!?」

「ひょわぁっ!? ご、ごめんなさいごめんなさいっ!」

「おい赤堀! 草壁ちゃんが怖がってるだろうが!」

「驚いて名前を呼んだだけだがっ!?」


 これ俺が悪いのか?

 不意打ちで刺された後に理不尽な追撃に襲われたんだが。


「ふっふっふっ! 話は聞かせてもらったよっ!」

「ユズル?」

「き、城戸さん?」

「ゆずるちゃんっ!!」


 そこに現れたのは我らが自分らしさ研究会の小さな会長、ユズルである。

 話は聞かせてもらったとドヤ顔で現れたがこの流れでどの話を聞いたんだろうか。

 あと長谷川、お前も人の事を言えないぐらい大声の圧が強いからな。


「つまりレンジは、さぎりんのお見舞いに行きたいという事だねっ!」


 ユズルはビシィッと人差し指を向けてくる。

 人を指差してはいけませんと子供の頃に教わらなかったのかこのチビッ子は、という思考になったがそれよりも。


「朝からそう言ってるんだが……」

「ふっふっふっ! そうだろうそうだろうっ! 隠さなくたって良いんだよっ!」


 あ、駄目だ聞いてない。

 俺の周囲にいる女子は全員人の話を聞かないらしい。


「そんなレンジの為に今日のじぶけんはお休みにしようじゃあないかっ! 本当はワタシもお見舞いに行きたいけど大勢で押しかけるとさぎりんに悪いから、レンジに任せるとしようっ!」


 どうしよう、ユズルが神に見える。

 小さいのに偉大な神様だ。


「じぶけんは全員揃ってこそのじぶけんだからねっ!」

「ユズル……」

「ど、同志は何で両手を合わせて拝んでいるんです……?」

「八雲ちゃんが絡んでいるのと、ゆずるちゃんの神がかった可愛さのおかげかな」


 当然目の前なので二人のコソコソ話は全部聞こえていた。

 しれっとユズルの良さを布教しているのが長谷川らしい。

 それはそうと会長から許可が下りた。後は放課後になって早霧のお見舞いに……。


「だが既読すらつかないのはおかしいと思うんだが……」

「寝てるんだろ」

「寝てるんだよっ!」

「寝てるんじゃ、ないですかねぇ……」


 俺の心配の種は三人同時の即答で一蹴されてしまった。

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