第48話 『どぅぇっ!?』
俺が思うに、早霧という幼馴染は学園一の美少女の皮を被っているがその実とても面倒くさい性格をしている。
もちろんそれはずっと一緒に過ごしてきた俺だから言える事であって、見ず知らずの他人がそんな事を驕っていたら即刻ドロップキックをした後にヘッドロックを決める所存だ。
話が逸れたが、本題としては当然のようにキスをするようになったこの関係から進むにはどうしたら良いのだろうか……という事である。
「……と、言う訳なのだが」
「え、あの、そのぉ……どうして私は朝一で惚気話を聞かされているんです……?」
「それは草壁が俺の前の席だからだな」
「そ、そこは同志だからって言ってくださいよぉ……!」
火曜日の朝、教室にて俺は昨日ぶりにあった目隠れ少女である草壁に相談をしていた。
まだ人が少ない疎らな教室と、声を張っても元が小さい声量なので広まりにくい草壁という俺と早霧の秘密を唯一知っている彼女は適役なのである。
「昨日バイバイした後にそんな事してたんですね……」
バイバイした後と独特な言い方をする草壁はまるで謎を解く探偵のように口元に手を当てて首を傾げた。。
長い前髪で顔の半分が隠れている彼女が何を考えているのか、早霧とは別のベクトルで分かりにくかった。
「ていうかどうしてそれで付き合ってないんです……?」
「……俺が聞きたい」
思い返してみても、あの問いにあの返事はもう告白だろう。
だけどそれは親友としての好きと大好きだったのか、早霧は関係が変わらない事を求めた。
それを素直に受け入れてしまった俺も大概かもしれないが、あの時はただ彼女とのキスに夢中になってしまっていたんだ。
「し、親友同志の爛れた肉欲みたいなお話はとても好みですけどぉ……お、お、お友達から聞くのは生々しいですねぇ……」
「…………」
口の端を緩めてニヤける草壁に俺は何かを言おうとしたが、何も言えなかった。
言ったら俺の方が怪我と火傷をしそうだからである。
「……あ、でもキスのし過ぎで息が出来なくなっちゃうのは興味ありますよぉ」
昨日の相談から目に見えて草壁は成長しているが、それはそれとして朝の教室でする会話では無いような気がした。
「首絞めもキスも、愛ですからねぇ……うえっへへへへ……」
「口から涎が垂れそうだぞ」
「どぅぇっ!?」
独特な笑いから独特な悲鳴を上げて草壁は自分の口元を手で押さえた。
「さ、流石ですね同志……首絞めの次は涎ハンターですか……」
ここで照れずに謎の称号を与えてくるのが草壁らしい。
最高に不名誉だ。
「……お前の引き出し、凄いな」
「うえっへっへっへっへ……」
皮肉は通じなかった。
違うように見えるだけで、どうやら草壁も早霧と同じタイプの人間らしい。
「でも他人の涎を盗ったら犯罪で捕まりますよぉ……?」
「真顔で忠告してくれてありがたいが、前提から間違えているぞ」
「あ、えっと、八雲さんの涎だけ……」
「涎から離れろ」
「え、でも……舌、入れようとしたんですよね……?」
「…………」
「え、あの、同志……?」
全然違った。
早霧が的確に弱点を一転突破で貫いてくるのに対して、草壁は傷口に塩を塗りこんでくるタイプだった。
しかもそれは悪意があってやってるのではなく、薬と勘違いして塗ってくる純粋さからくる無自覚の凶器である。
「やっぱり、嫌われたのだろうか……」
「な、何でそうなるんですぅ!? ずっとずっとずっと惚気話しかしてなかったじゃありませんかぁ!」
「だが実際、断られた訳だし……」
「い、嫌だったらその後に自分から求めませんよぉ!!」
「そ、そうか……? いや、そうだよな……」
「……同志も結構、面倒くさい性格してますよね」
スパッと毒を吐いてきた。
だって仕方がないだろう。
「家に帰って冷静になって、あの時の行動駄目だったんじゃないかって俺が何度反省したと思っているんだ?」
「あ、分かりますよぉ! 私も昨日帰ってから、今日の私……図々しかったかなぁって一人反省会してましたし……」
嫌な所でシンパシーを感じてしまった。
なるほど、これが同志か。
「て、ていうか良いんですかぁ……?」
「ん? 何がだ?」
「えっと、そのぉ、八雲さんじゃなくて私とこんなにお話してくれてぇ……わ、私、夜道で急に刺されないですかね!?」
「早霧が来ていないからその前に相談をしているんだが……」
やたら刺される事を心配する草壁である。
「あ、そういえばお二人って一緒に登校しないんですか……?」
「まあ猫みたいに気まぐれなだからな、アイツ。昨日も猫みたいな仕草だったし」
「この一瞬で流れるような惚気を……?」
俺が何かを言おうとしたらチャイムが鳴った。
いつの間にか時間は過ぎていて、朝のホームルームが始まるらしく教室はクラスメイトで満ちていて長谷川やユズルの姿もあった。
多分話しかけて来なかったのは草壁が多人数だと畏縮してしまうと昨日知ったからだろう。
けれどそれよりも気になるのは、俺の隣の席にいる筈の人間がいないという事で。
「はい皆さんおはようございます。出席をとりますが、八雲さんから風邪でお休みと連絡を頂いております。城戸さんも元気になりましたが、夏休み前に夏風邪が流行っていますので皆さんも気をつけてくださいね。それじゃあ、赤堀くん」
「…………」
「赤堀くん?」
「……あ、はい。お見舞いに行きたいんで早退しても良いですか?」
「はい、もちろん駄目ですよ」
俺の提案は担任の先生に笑顔で却下された。
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