第47話 「私のこと、好き?」
夕陽に照らされた住宅街の中にある小さな公園で、いつ誰が来るかも分からない公共の場所にあるベンチに座りながら、俺と早霧はほとんど抱き合っているような状態だった。
隣から身を乗り出してくる幼馴染が落ちないように手を腰に回して引き寄せる。
ワイシャツ越しに上半身は触れあい、重なり、柔らかさと一緒に幸せを運んできていた。
早霧と、ずっとこうしていたい。
重ねて言うが誰が来てもおかしくない公園で、俺はそう思ってしまった。
「――んっ」
けれどその程度じゃもう、俺も早霧も止まれなかった。
その綺麗で可愛い顔が近づき、お互いの唇と唇が触れ合う。
金、土、日、と約三日ぶりにしたキスはまるでその空白を埋めるようにとても長いものだった。
「……れんじ」
唇を離し、息継ぎをする荒い呼吸の中で俺の名前を呼んでくれた。
その姿がとても、愛おしく見えて。
「あっ……んぅ……」
今度は俺の方からキスをしていた。
これで二回目、まだ息が整ってない親友の唇を自分の唇で塞ぐ。声を漏らし、小さく震えた彼女の身体を抱きながら、そっと。
「はぁ……ふぅ……」
衝動的にしたキスは長く続かず、熱を帯びた甘い吐息となって吐き出された。
俺も早霧も息は絶え絶えで。たった二回、されど二回のキスで息は荒く呼吸困難になりそうだった。
「また、蓮司からだね……」
「駄目だったか?」
「ううん、もっと……」
見つめ合っていた目が閉じて。
「んっ」
また、唇が重なる。
夏の暑さも、風によって揺れる木々も、絶え間なく鳴き続けるセミの音も気にならない。
ただ、唇が触れ合うだけで幸せだった。
「早霧……」
そう思っていたのに、明確に自分から外してしまった欲望はその次を求めていた。
唇を離して、彼女の名前を呼んで、またキスをする。
そうして触れ合った柔らかさ。
その先にあるより深い熱を求めて、俺は早霧の唇の隙間に舌を入れて――。
「っ!? だ、だめっ!!」
――それが親友に届く事はなかった。
俺の肩をグッと押して、唇が……早霧が離れていく。
「それは……親友じゃ、いられなく、なっちゃう……から……」
瞳は潤み、視線は伏せ、真っ赤になった頬、薄桃色の唇を握りきれていない中途半端に開いた右手で隠すその姿が、とても可愛かった。
明確に拒絶をされたというのに、何故か俺の心は彼女に夢中だった。
早霧の親友に対する線引きの謎が深まった筈なのに、知らなかった事が分かったような気がしたんだ。
いや、もっと知りたくなったと言った方が良いかもしれない。
「あ、あぁ……すまない……」
それはそれとして、嫌がる事をしてしまった件についてはしっかりと謝る。
でも早霧が怒っていないと分かるのは、ずっと一緒に過ごしてきた幼馴染だからだろうか。
「う、ううん……ちょっと、ビックリしちゃっただけだから……ごめん……」
むしろ謝ってくるのが早霧である。
チラチラと視線が俺に向いたり逸らしたりと忙しない幼馴染だった。
こんな状況でも可愛い仕草をするんだなと、新しい発見である。
「……ねえ、れん……親友?」
今、明らかに蓮司と呼ぼうとして言い直した。
これが幼馴染の、親友の譲れないラインと言うか線引きなんだろう。
でも、早霧が俺を親友と呼ぶ時は決まって。
「私のこと、好き?」
俺に好意を向けて、そして求めている時である。
幼馴染だから言える事だが、早霧という美少女はとんでもない魔性を持って育ってしまった。いやもしかしたら生まれもってのものかもしれないが、そんな事はどうでもいい。
俺の事を親友と呼んで、親友と想ってくれて、親友だから聞ける言葉。
私のこと、好き?
この場所、この状況、この関係。
ずっと一緒にいて、何回何十回もキスをしてきて、それでも自分の言葉と行動に不安になってしまった。
そんなワガママで寂しがり屋な幼馴染に返す言葉は、一つだけだ。
「ああ、大好きだぞ」
昔から、ずっと。
当たり前になりすぎて恥ずかしくて言えなかった言葉も、早霧の為になら躊躇無く言える事が出来た。
「……うん、知ってる」
嬉しそうに微笑む、愛しいその顔が見れるのだから。
「……じゃあ、親友」
今はまだ、それで良い。
「……またキス、して?」
それが、親友の求めている事だから。
「――んっ」
「――んっ」
だから今日も親友と、キスをする。
俺と早霧が、幼馴染……そして親友から先に進む為に。
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