第46話 「……しよ?」
俺と早霧は夕暮れの公園に入っていく。
学生服を着た男女が手を繋いでいるこの光景は、知らない人が見たらきっと恋人同士に見えるのだろうか。
でも実際は幼馴染で親友だ。恋人じゃない。
そんな言い訳みたいな事を考えても、住宅街の中にある小さな公園には俺達の他に人はいなかった。
地球温暖化によって日が落ちかけても外はまだ暑いからなのか、ネット環境によって遊びの文化が変わったからなのかは分からない。
ただハッキリしているのは、俺と早霧は二人っきりの公園のベンチに並んで座ったという事だけである。
「……誰もいないね」
「……だな」
隣で呟かれるその言葉だけで胸が高鳴ってしまった。
それもこれも、思わせぶりに聞こえる事を言う早霧のせいである。そして、横に長いベンチなのにピッタリと密着しているこの状況のせいかもしれない。
いつもの帰り道で、たまに訪れる公園での寄り道。
これを放課後デートと呼ばずに、何と呼ぶのだろう?
「…………」
「…………」
繋いだ手はそのままに、くっついた膝と膝の間に置かれている。
その手が今度は早霧の方からギュッと握られた。だから俺も何も言わずに、握り返した。
左手全体に広がる幼馴染の体温と柔らかさ。
子供の頃から握っている筈なのに、それ以上の事をしている筈なのに、何も喋っていないのに、俺の心はずっとドキドキに支配されていた。
「せ、先週の、事。なん、だけど……」
歯切れの悪い、しどろもどろの言葉。
緊張するのに居心地が良いという矛盾をはらんだこの空間において、その切り出し方はとんでもない殺傷力を秘めていたんだ。
先週の事。
間違いなく俺からキスをしてしまった事についてだ。
今日の朝、母さんの乱入によって有耶無耶になってしまったが、当然その程度の事じゃ忘れられないのは俺も早霧も同じようだ。
だから、誤魔化してはいけないと思う。
「あ、あぁ……」
何故か喉の渇きを感じた。
重くなった気がする口を開いて、そっと隣に座る幼馴染へと視線を移す。
俺を見上げてくる、熱を帯びた淡い色の瞳と目が合ったんだ。
「…………」
その瞬間、俺の頭は真っ白になって――。
「し、親友……だからな……」
――震える声で言った言葉は、思っていた言葉とはまるで違っていたんだ。
「あ、うん……」
と、俺の言葉を聞いた早霧がまた俯いてしまった。
や、やってしまった……。
気心の知れた何でも話せる幼馴染の筈なのに、何故か素直にそれを言うのが怖くなって、それで……!
「……えへへ」
しかし、俺の焦りとは裏腹に早霧は嬉しそうにはにかんで。
「さ、早霧っ!?」
俺の肩にそっと頭を乗せてきたんだ。
七月の夕方。まだ暑い中、半袖で露出した汗だくの腕が絡み合う。その柔らかく温かな感触に不快感はなく、まるで早霧と一心同体になったかのような心地よさが俺の頭を支配していって。
「んー?」
俺の肩に自分の頬を擦りつけるその様は、気まぐれな猫みたいだった。
可愛いものと可愛いものを合わせたら最強なように、可愛い早霧と可愛い猫を合わせたらそれは最強である。
……何言ってるんだ、俺?
「あ、暑くないか!?」
だから、おかしくなった俺の指摘は的外れで。
「暑いよ?」
それに平然と返されると何も言えなくなる。
いや、間近で見上げてくるその美貌に見惚れてしまっただけかもしれない。
子供の頃からずっと見てきた、幼馴染のその顔にだ。
「でも、あたためてくれるんでしょ?」
「……いつの話をしているんだお前は?」
「先々週ぐらい?」
俺の発言に時効は無いらしい。
暑いのにあたためてくれと言われるこの矛盾は、多分今に始まった事じゃない気がした。
親友だからキスをするというこの関係が正にそれだろう。
「あー、寒いと風邪ひいちゃうなー、このままだとまた一人寂しくベッドの上生活に戻っちゃうなー」
わざとらしく的確に俺の弱点を抉ってくるのが、早霧という幼馴染である。
「暑いって言ったろお前……ていうか、そうなっても俺がいるだろうが」
そしてそんな彼女に甘々なのが、俺だった。
早霧はピタッと動きを止めると、俺の身体にゆっくりと寄りかかってくる。
「……ほんと、そーいう所だよ」
隣で呟かれたその言葉は、全部聞こえていた。
「……ねえ、親友」
それに答えるよりも先に、早霧は言葉を続けて。
「……今日、まだしてないからさ」
椅子から身を乗り出したのに、身体の密着はどんどん増えていく。
「……しよ?」
返事をする前に、俺の腕は自然と親友の細い腰に回っていた。
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