第45話 「べーつーにー?」

「み、皆さんありがとうございました! ま、またよろしくお願いします……!」


 夕陽に照らされた校門の前で草壁は何度も俺達に頭を下げた。

 祝日の学校の自分らしさ研究会部室で行なわれた首絞め講座は何事も無く終了し、解散になった。


「うんうんっ! 自分らしさは一日にしてならずだからねっ! また来てよっ!」

「流石ゆずるちゃんだぜ! クゥ……! 良い事言うなぁ!」


 安全な首絞めという、知らない人が聞いたら矛盾が生じそうなレクチャーを受けていたユズルと長谷川コンビはここでも元気だった。

 草壁の最終目標は達成されていないが、理解してくれる友が出来たというのは大きな進歩じゃないだろうか。

 入部こそしないが帰宅部であるため、また遊びに来るそうだ。


「ど、同志も一緒に頑張りましょぉ……!」

「あ、あぁ……」


 そして長い前髪の隙間からキラキラとした視線を俺に送ってくるのだが、早霧の視線が痛かった。

 俺が早霧に対して抱いている想いを草壁だけが知っている。当然それを早霧に言う訳にはいかないのだ。


「そ、それではまた明日……わ、わわわぁ……!?」

「前見ないと危ないよー!」


 最後にまた何度もペコペコと振り返って頭を下げながら、草壁はママチャリに乗って帰っていく。

 早霧が言った頃には既に手遅れで、何度もバランスを崩しながらフラフラとその姿が小さくなっていった。


「じゃあじゃあっ、さぎりんとレンジもまたねっ!」

「また明日なー!」

「ゆずるんと長谷川くんも気をつけてねー!」

「バスで何を気をつけるんだ?」

「んー、バスジャックとか?」

「不穏すぎるだろうが! ……ったく、じゃあまたな」


 バス通学のユズルと長谷川とも校門を抜けてすぐのバス停で別れ、俺と早霧は二人並んで帰路につく。

 駅へと向かう大通りから脇道にそれて住宅街へ続く道へ。

 俺達が通う学園は名門の為か遠方から進学する生徒が多く地元民は少ない為、この道を使うのは俺と早霧くらいだ。


「ひなちん、楽しそうだったね」

「ん? ああ、そうだな」


 隣を歩く幼馴染が呟き、それに軽く返事をする。

 草壁が首絞めレクチャーをしている時、ずっと早霧は俺にくっついていた。その無言の圧と、俺が早霧に対する好意を改めて実感してしまったせいでドキドキが止まらなかったのはまだ記憶に新しい。


「それもこれも同志のおかげかなー?」

「俺は何もしていないが……」


 めちゃくちゃ隣から覗き込んでくる。

 これだから草壁関連の話は避けたかったのだが、それを許してくれる親友ではない事を俺は百も二百も承知だった。


「ふーん?」

「……なんだその顔は?」


 口元を緩めながらも淡い瞳はジッと真っ直ぐ俺を見つめているという起用な表情をする幼馴染。

 その真意を読み取るのはとても難しかった。


「べーつーにー?」


 早霧は俺から視線を逸らして、大きく一歩前に出た。


「蓮司は守りたくなるような女の子に弱いからなーって」


 振り向きざまに笑うその姿が、沈む夕陽に照らされていた。

 白く長いその髪が橙色の光を反射していて、いつもの通学路に幻想的な光景を生み出して。


「……どの口が言うんだ」


 反射的に出た小言程度じゃ、胸の高鳴りは抑えられそうになかった。

 守りたくなるような女の子。

 俺の中でそれに該当するのが自分だと分かっているから、この幼馴染で親友と言う生物は厄介なんだ。


「へへん、この口で……わわっ!?」

「……早霧っ!!」


 間一髪だった。


「……お前が一番気をつけろ」

「……あ、うん」


 後ろを向いたまま歩こうとした早霧が開幕一歩で躓いてバランスを崩し、そのまま背中から倒れそうになった。

 とっさに俺の身体は動いてその細い手を掴む。変な体勢ではあるが、転んで怪我するような事にならなかった。


「あ、ありがと……」

「あ、あぁ……」


 その手を掴んだまま起き上がらせて、自然な流れで歩き出した。

 朝と同じように、手を繋ないだまま。


「……帰りは何も言わないんだね」

「……また転んだら、危ないだろ」


 繋がれた手の形は変わり、指と指が絡まっていく。


「…………」

「…………」


 夕方になってもセミはまだ必死に鳴いていた。

 夏は始まったばかりで、まだまだ暑い中を手を繋いで歩いていく。


「……ねえ」


 その足がゆっくりと、公園の前で止まった。


「……しん」

「ちょっと、寄り道してくか?」


 その言葉が言われるよりも前に、俺は早霧に視線を向ける。

 見上げてくるその淡い色の瞳が、驚きで丸く見開かれていた。


「……暗くなるまで、だからな」

「……うん」


 早霧は小さく頷いたまま顔を伏せた。

 その耳が赤いのを勝手に夕陽のせいにして。

 転ばないように繋いだ手をギュッと握り、俺達はいつもの公園に入っていった。

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