第42話 『付き合って、ますよね……?』

「すみません同志、わざわざ気を使っていただいて……」


 自分らしさ研究会の部室を出た後も、草壁はペコペコと頭を下げながら俺の後ろをついてきた。

 同志と呼ばれる事にはだんだん慣れつつあるが、クラスメイトなのにずっと他人行儀なのはどうにかならないだろうか。


「気にしなくて良いぞ。俺もあの場のノリについていけない時があるからな」

「ど、同志もですか……?」

「ああ、むしろ常にと言ってもいいかもしれん」


 ユズルは俺達を引っ張るべく一番元気だし、長谷川はそれに答えるように大男としてのポテンシャルをこれでもかと発揮するし、それを早霧は楽しんだりあらぬ方向に持っていったりとやりたい放題だ。


「そ、その割には楽しそうですが……」

「ん? 楽じゃないか? 自分らしくいられるって」


 とても疲れるが、笑顔でいられる場所があるのは間違いなく良い事である。だから俺も早霧もあの場所に集まるんだ。

 ……最近は色々と隠し事だらけではあるが。


「す、凄いですね……大人びていると、言うか……」

「何を言ってるんだ? 草壁、お前も凄いんだぞ?」

「わ、私もですか!?」

「もちろんだ。お前だって、勇気を出して今日ここに来たじゃないか」

「そ、それは同志達のよ、様子を……教室で見ただけでぇ……」

「……切っ掛けはどうあれ、それでも自分で変わろうとした動いたお前を俺は評価するぞ。ま、何様だよって感じだがな」

「ど、同志……」


 自分で言ってて恥ずかしくなった。

 四面楚歌だった部室から解放されて気が緩んだのかもしれない。


「ふ、不覚にもキュンとしてしまいました……」

「…………」


 コツコツと、特別教室棟の暗い廊下を歩く音が響く。

 え? ちょっと待ってくれ。

 こういう時、どう反応したら良いんだ!?


「で、でも同志には八雲さんがもういますからね……あ、危なかったです……!」


 俺が突然の好意を向けられて動揺している時に、謎理論が展開されて謎理論で勝手に解決されていた。

 お、驚いた……急にそんな事を言われるといくらただのクラスメイトでもドキッとし……て……?


「ま、待て! お、俺には早霧がいるってどういう事だ!?」

「えぇっ!?」


 俺は驚き、聞かれた草壁もその圧で驚いた。

 彼女の細い身体がビクッと震え、その場で跳ねる。


「ど、どうしてそこで驚かれるんです……?」


 めちゃくちゃビビッている草壁の姿を見て、少しばかりの罪悪感を感じた。

 しかしそれとこれとは話が別である。


「お、お前が見たという教室での行為はアレだ! お、幼馴染や親友としてのスキンシップだ! ほ、ほら気心しれた間柄と言うだろう!?」

「は、はぁ……?」


 何故俺は必死にそれを否定し、訂正しているのだろう?

 それは多分、俺自身がこの関係に納得言っていないからなのかもしれない。


「でも、そのぉ……」


 草壁はそんな俺に申し訳無さそうにチラチラと視線を向けながら。


「付き合って、ますよね……?」


 おっかなびっくり、そう聞いてきた。

 クラスメイト達にしっちゃかめっちゃかに聞かれるならまだしも、今この場の一対一で聞かれる質問の中では、最上級に答えにくい質問だった。


「……いいや」


 それに俺は、素直に首を振る事しか出来ない。

 それ以上の答えを、俺は持ち合わせてはいないんだ。

 

「え、あれ? えっと、すみません……」

「いや、お前が気にする事じゃないぞ……」


 気まずくなったのか、またペコペコと草壁は頭を下げ出した。

 しかしこれは俺の問題である。


 彼女の問いに答えられない。その事実が、とてもショックだった。

 この気持ちは、やはり俺が早霧にキスをした時点で気づいていたんだ。

 でも、草壁という第三者を通して改めて自覚をしてしまったのかもしれない。


 俺は、早霧の事が好きだと。

 親友じゃなくて、恋人になりたいと。


 このままじゃ、いけないという事を。

 少しずつ、自分だけの力で、早霧と向き合って、変えていかなければならないんだ。

 

 そう、勇気を出して自分らしさ研究会に訪れた草壁……彼女のように。


「あの……ど、同志?」

「……確かに。自分を変えたいという点では俺と草壁は同志かもな」

「え、あ……はいっ! ありがとうございます……!」


 俺が歩き出すと、彼女はまたペコペコと頭を下げながら後をついてくる。

 同志というか、素直な後輩みたいだなと思った。クラスメイトなのにな。


「お前のおかげで少しだけ勇気が出た。好きなジュースを好きなだけ買って良いぞ」

「えぇっ!? そ、そんな悪いですよぉ……!」


 両手を前に出してブンブンと横に振って否定する草壁。

 最初はどうなるかと思ったが、話してみれば彼女も少しだけ気弱なだけで普通の女の子だ。


 早霧の前で変な事を言うんじゃないかって、俺はそんな心配をしていたんだ。


「じ、ジュースは良いので、一つだけ同志に聞きたい事があるんですけどぉ……」

「ん? おお、何だ? 俺が答えられる事なら何でも答えてやるぞ?」


 その心配が晴れた俺は、このままジュースを買って戻り、全員で草壁の悩みを解決して一安心。


「つ、付き合ってないのに……ど、どうして……き、キス……してるんです?」

「…………ちょっと来いお前ええぇっ!?」

「ひゃわあああああああああっっっっ!?」


 ――そう、思っていたんだ。

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