第43話 『ど、同志ぃっ!?』

 つい反射的に。

 勢いに任せ近くの扉を開いて中に入ると、そこはパソコン室だった。

 パソコン部は休みなのか部屋の照明はついておらず誰もいない。等間隔に無数のパソコンが並べられているだけだった。


「ひ、ひいぃぃぃぃ……! すみませんすみませんすみません悪気があったり覗く気は無かったんです偶然と申しますか事故と言いますか、見てしまった不可抗力と言いますかぁ……!」

「あ、す、すまない……」


 そのパソコンデスクの片隅に身を丸め、草壁が怯えていた。

 俺が急に無理やり引っ張ってこの部屋に連れ込んだようなものだから、無理も無いだろう。

 突然だったとはいえ、申し訳ない事をしてしまった。


「で、でも……問答無用で部屋に押し込まれたのはちょっとだけ、ドキドキしました……」

「…………」


 草壁は臆病に見えて心は図太いのかもしれない。


「で、でも同志に、は付き合っていませんが八雲さんがお相手にいますからね……! え、何故です……?」

「……とりあえず座りなおそうか」

「あ、ありがとうございます……?」


 ペタンとパソコン室の床に尻餅をついた草壁の手を引っ張り、近くにあった高そうな椅子に座らせて俺も隣に座り、向き合う。


 その手は早霧よりも細く小さな手だった。


「…………」

「…………」


 沈黙。クラスメイトの女子と、照明のついていないパソコン室の椅子に向き合って座り、沈黙。

 とんでもなく気まずかった。

 それはもう、早霧との比じゃないぐらいに。


「……草壁」

「ひゃいっ!?」


 彼女の名前を呼ぶと、驚いてビクッと背筋を伸ばした。

 そんなに怖いのかと傷つくが、シチュエーション的に言えば俺が十割悪いので仕方ない。


「……俺と、早霧がキスしているのを、見たと……言ったな?」

「は、はいぃ……」

「……それは、いつだ?」

「あ、あぅ、えと、えっと、八雲さんが……体育の時に倒れた日の、保健室で……その、体育の時に足を擦りむいちゃって、それで、行ったら、あの、あの、お二人がベッドでぇ……」

「も、もう良い……」

「あ、はい……」


 めちゃくちゃ前の事だった。

 そうなると草壁はかなり前から俺と早霧がキスをしている事を知っていたという事になる。

 手遅れかもしれない。いや、手遅れだ。

 でも俺がする行動は変わらない。


「頼む草壁っ! この事は、誰にも言わないでくれっ!!」

「ど、同志ぃっ!?」


 ――土下座である。


「え、あ、え……!? か、顔を上げてくださいよぉ! 誰にも言ってませんし言いませんからぁ!!」

「ほ、本当かっ!?」

「は、はいぃ……わ、私……友達いませんからぁ……」

「……すまない」

「二回目の土下座は逆に傷つきますよぉ!?」


 いや、だって……謝った事が原因で傷つけたのは俺だぞ?


「と、とりあえず落ち着きましょうよぉ……! あ、土下座? 私が土下座すれば良いですか……? されるより、する方が私っぽいですよね……?」

「お、落ち着け草壁! それは余計に混乱するだけだ!」


 暗いパソコン室でクラスメイトの男女が向き合って土下座をしているとか、考えたくも無い光景だった。

 変な方向に舵が傾きやすい草壁をなだめて、もう一度俺達は椅子に座りなおす。


 朝起きたら早霧がベッドの中にいる所から始まって、今日は俺の心をとにかく疲弊させるイベントで満ちていた。


「……草壁に聞きたいんだが」

「えぅ、はい」


 えぅ?

 返事の前のえぅとは何か気になったが、俺は覚悟を決めて言葉を続ける。


「親友同士って、キスすると思うか?」

「私、友達いないので、そういうのはちょっと……」

「すまない……」

「ど、土下座はもう良いですからぁっ!」


 そんな……この短時間でめちゃくちゃ心を傷つけてしまったのに、土下座すらさせてくれないなんて……。


「は、長谷川くんが言ってた馬鹿な真面目って評価が良く分かった気がします……」

「アイツそんな事を言ってたのか!?」

「え、あ、はい。教室でよく同志とお話をしている所を盗み聞きして……」

「盗み聞き!?」

「す、すみませんすみません! でも私の席、同志の席の前なので……そこによく長谷川くんがいるから、居場所が無くてぇ……」

「……すまな」

「ど、土下座は駄目ですよぉ……?」


 椅子から降りようとした瞬間に手で止められてしまった。

 どうやらこの短時間で彼女は俺の行動を読めるようになってきたらしい。

 長谷川には後でキツく言っておくとしよう。


「……草壁」

「は、はい?」

「俺と早霧の関係を、聞いてもらっても良いか……?」

「こ、この流れで断れる人はいないと思うんですがぁ……」


 草壁がおっかなびっくり返事をしながら。


「で、でも自由を奪われた上で、無理やりお話を聞かされるのはぁ……その、あり、かもぉ……?」


 その口角は、これでもかと緩んでいた。

 ひょっとしたら俺は、彼女の新しい扉を開いてしまったのかもしれない。

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