第41話 「……絞める?」
「それでそれで? ひなちん、首を絞められたいって具体的にはどんな感じなの?」
「え、あ、その……へ、変な話なんですけど……」
「変じゃあないさっ! さっきも言ってた通りじぶけんは自分らしさと向き合う場所だからねっ!」
「あ、はい……その、乱暴されたいって言うのとは違くて、あくまでもぷ、プレイの中でというか……」
「草壁ちゃん!? お、俺も聞いて良いのかこの話!?」
「えっと、はい……男の人の意見も……聞いてみたい……ので……」
ワイワイと、二×二に向き合った机に座って自分らしさについて議論する四人。
依頼者の草壁、会長のユズル、副会長の長谷川、ムードメーカーの早霧。
そして一人部室の隅で立ち尽くしている、俺。
いじめじゃない、いじめじゃないんだ。
四人分の席しかないからこうなるのは必然だった。普段ならこういう時はジャンケンの筈なんだが、何故か今回は早霧を筆頭に満場一致で俺がはぶられてしまった。
少しだけ、悲しい気持ちになる。
「ひなちんは男の人に首を絞められたいの?」
「は、はい……男の人って言うか……好きになった人同士と言うか……」
「なるほどっ! 愛の話だねっ!」
「は、はいぃ……」
「愛にも色々な形があるんだなぁ……」
遠目から見ても草壁の顔は真っ赤になっていた。
普段は隠している、人には言えない話を三人に囲まれながら話しているんだから当然だろう。
あれは相当勇気がいる行為だ。
「く、首絞めの良さは同志も分かりますよね!?」
「……ん?」
まるで助け船を求めるように、草壁は振り向いて俺を見た。それに連動するように他三人の視線も俺に向く。
そうだ、まだ彼女は俺が早霧に首を絞められていると勘違いしたままだった……!
「八雲さんにいつもネクタイで絞められてますもんねっ!!」
「えっ!?」
「えっ?」
と、驚いたのは彼女の隣に座る早霧だった。
その声に反応して草壁は早霧に視線を移して。
「い、いつも教室で見てました……! 八雲さんがネクタイを引っ張って同志の首を絞めている所を! そ、それを見て勇気が湧いたんです! わ、私だけじゃなかったって! や、八雲さんは同性なので対象外ですけど……私も同志みたいに首を絞めてくれるパートナーが欲しいんですっ!!」
「あ、あぁー…………」
あの早霧が押されていた。
まさか自分が切っ掛けだとは思っていなかったのだろう。
確かに草壁はいつも俺の方に近寄っていたからな、知らなくても無理はないか。
「れ、蓮司……」
と、今度は早霧の方から俺に助け船を求めてきた。
プルプルと小刻みに震えながら瞳をウルウルさせているその姿に、こんな状況ではあるがドキッとしてしまった。
「……絞める?」
「クラスメイトをチラ見しながら何を言ってるんだお前は」
絞めるという言葉が二重の意味に聞こえた。
「だ、だだだ駄目ですっ! お、男の人に初めての首絞めを捧げたらその……好きになっちゃいますぅっ!!」
と、今度はその隣にいる草壁の顔が真っ赤になった。
乙女心とはとても複雑なようである。
初めての首絞めを捧げるなんて、初めて聞いた日本語だった。
「わ、私は、私を本当に好きになってくれた人に好きにされたいんですっ!!」
――ガタッと立ち上がった草壁が全力の想いを吐露する。
今までで一番大きな声に呆気にとられた俺達は、驚いて黙る事しか出来なくて。
一瞬の、静寂が狭い部室を包み込んで。
「す、すみませぇん……っ!」
そして草壁はハッと我に返って、肩を丸めて椅子に座り直した。
もう爆発しそうなぐらい顔が真っ赤である。
「……ふむふむ。ふむふむふむ!」
と、口元に手を当てて何度も頷き動き出したのは会長のユズルだった。
「つまりひなちゃんは好きな人に首を絞められたいと考えていて、そしてそんな願望を持っている自分を好きになってくれる異性を求めているという事だねっ!!」
「えぅ……すみません……」
要約したその依頼内容に、草壁は真っ赤な顔を更に赤くして頷いた。
遠目から見ていて、そろそろ限界が近そうな感じがする。
「恥じる事はないぞひなちゃんっ! 恥ずかしながらワタシ達じぶけんも首絞めについては初心者も初心者なんだっ! だけどその悩みを共有した事で共に考える事が出来るっ! 今からひなちゃんも仲間だよっ!」
「き、城戸さん……」
「そうだよひなちん! ひなちんの知らなかった事をいっぱい教えてくれてありがとね! えっと……わ、私はあまりアドバイス出来ないかもしれないから……れ、蓮司に聞いてね!」
「や、八雲さんも……」
「俺も首絞めの事はまだよく分からないけど、恋に憧れる気持ちなら分かるぜっ! 一緒に恋の道を突き進もう!!」
「は、長谷川くん……」
うん、そろそろ良いだろう。
話が良い感じにまとまってきたし。
「ちょっと良いか?」
「ど、同志……?」
「同志レンジ、どうしたっ!?」
「同志赤堀、何か意見かっ!?」
彼女の呼び方に悪ノリをするユズルと長谷川はとりあえず無視する。
「草壁に協力するのは賛成だが、彼女には彼女のペースがある。無理やりいつもの俺達のノリに巻き込んでも辟易するだけだろう? とりあえず一回休憩にしないか?」
「ど、同志……!」
長い前髪で見えないがキラキラとした視線が飛んできた気がした。やっぱりちょっと無理をしていたのだろう。
「……とりあえずジュースを買ってくる。いつもので良いか?」
「わーいっ! 流石同志レンジっ!」
「頼りになるぜ同志赤堀っ!」
「お前達からは後で代金を貰うからな」
「がーんっ!?」
「そんなっ!?」
仲は良いんだよな、この二人は。
一方的に長谷川の方からデカい矢印が向いてるだけで。
「草壁、俺一人じゃ持ちきれないから手伝ってくれるか?」
「え、あ、はいっ! もちろんです同志っ!!」
だからその同志って……いや、今はそれよりもだ。
「早霧はいつもの……ぶ、ぶどうジュースで良いか?」
ぶどうジュースだけで意識をしてしまうようになった俺は、やっぱりもう駄目なのかもしれない。
「あ、うん……その、蓮司?」
「ん?」
けど早霧の様子は、俺とは気にする部分が違うようで。
「……し、絞めちゃ駄目だよ?」
「絞めるかぁっ!!」
不安そうに、椅子から俺を見上げてきたんだ。
絞めるって聞いたり、絞めちゃ駄目って言ったり、忙しい奴だった。
「や、やっぱり……!」
そんな俺達のやり取りを見て、草壁は長い前髪を貫通するレベルのキラキラビームを俺に向けてきていた。
さっきはああ言ったが、この中で一番休憩したかったのは俺かもしれない。
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