第40話 「も、もう良いからぁっ!?」
首を絞められたい。
長い前髪が揺れその内にある瞳がチラ見えする程、胸に秘めた想いが狭い部室に響き渡る。
「あ、い、いえ、その、す、すみませんすみません……」
ハッとした草壁はオロオロと俺達自分らしさ研究会メンバーに視線を右往左往させると、ペコペコと頭を下げ出してしまった。
「こ、こんな事の為に皆さんの貴重なお休みを使わせてしまい本当に本当にごめんなさいぃ……」
返事が無い事が不安になったのか、草壁は次々に謝罪の言葉を並べていく。
下げた頭は上がる事無く、傷だらけの床を見つめ続けて。
「……なるほどなるほどっ! それじゃあじぶけんを始めようじゃあないかっ!」
「え? えっ? 城戸さん……?」
その頭を、この部室で一番小さな会長であるユズルが優しくポンポンと叩いた。
「おお! それでこそゆずるちゃん! 一生ついてくぜ!」
「え、あの……長谷川くん?」
当然のように長谷川がそれに呼応する。
自分らしさ研究会のメインエンジン達の勢いについていけず、草壁は混乱を始めた。
「まあまあとりあえず座ろうよー。ひなちんとあんまり話した事無いから楽しみだなー!」
「あ、八雲……さん?」
そんな草壁を早霧が流れるように、二×二に向き合った机の一つに座らせる。
まあこうなるよなと思いながら、俺も彼女に向かって一言。
「草壁、お前が心配する事はないぞ。じぶけんは自分に正直になる為の場所なのだからな」
「同志……」
「同志っ!?」
良い事を言ってやろうと思ったら、変な呼び方をされた。
何で俺だけ赤堀くんじゃないんだ……。
「よしよーしっ! じゃあまずは私達じぶけんでの自己紹介といこうじゃあないかっ! 頼むよ同志レンジっ!」
「あ、おい……」
「頼むぜ同志赤堀っ!」
「長谷川まで……」
「ところで同志って何の?」
「……オホン!」
ユズルと長谷川が悪乗りして、早霧だけ冷静なツッコミをしてきた。
ここで説明してもややこしくなるだけなので、まずは借りてきた猫みたいに席に座って丸くなっている草壁に紹介をしてやる事にしよう。
「……あー、同じクラスなので知ってると思うが俺達も自分らしさを研究している会なのでな。草壁が話してくれたように俺達にも少なからず心と身体のギャップや悩みがあるのだが、それを言っていこうと思う。じぶけんでは基本的に隠し事は無しだからな」
と、言ったものの隠し事だらけの俺である。
「は、はい同志っ……!」
その同志ってやつ、止めてくれないか?
しかし長い前髪の奥に隠れた瞳がキラキラしているように見えたので、話の腰を折らずに紹介をさせていただこう。
「まずは我らが自分らしさ研究会会長のユズルだ。この会を立ち上げた人物だからな、一番複雑に自分らしさに悩み……向き合っている。夢と心の大きさに器が追いついていないんだ。端的に言うと背が小さくて見た目が可愛らしい事を気にしている」
「な、なるほど……!」
「改めてよろしくなあ、ひなちゃんっ! レンジは後で話があるぞっ!」
脅し文句的なものが聞こえた気がするが、次にいこう。
「次に副会長、長谷川だ。男の名前なんて興味無いと思うが、コイツは体格の良さと見た目の厳つさに似合う……剛という男らしい名前を持っている。しかしその中身は軟派そのものでノリが軽く、一途な面を持っているが全く見向きをされていないという不憫属性を持っている報われないチャラ男という心を持った悲しい奴だ」
「ど、どうもです……!」
「草壁ちゃん、俺デカいけど気にしなくていいからな! 赤堀は後で覚えてろよ!」
大男からの脅しは本気で怖いので、次にいく。
「そしてご存知、学園一の美少女である早霧だ。その雪のように綺麗で長い白い髪と色白の肌。儚くも淡い色をした瞳に長い睫毛と整った眉に高い鼻、それから薄桃色で春の訪れを感じさせるような唇といった女神のような顔にスタイルの良い身体と天に二物も三物も与えられたかのような神秘的で美しい女性でありながら、いざ話してみると気さくでふざけるのが大好きな性格をしていて一緒にいるだけで明るくて楽しい気分になれるというギャップを秘めているだけではなく、それこそ天と大地からの恵みである雪解け水のように澄んだしおらしさを時折見せてくれながらも子供のように無邪気に甘えて笑う姿は春から夏にかけて移り変わる新緑のような初々しさを感じさせ、初夏のような爽やかな中に熱の込められたその声音は一度聞けば絶対に忘れる事のないものとなっており、俺としては学園一の美少女なんてくだらないと思っていてそれこそ日本一、いや世界一の美少女と言っても良いぐらいの――」
「も、もう良いからぁっ!?」
「――おわぁっ!?」
まだ紹介が終わってないのに早霧本人が突進してきて、ストップがかけられてしまった。
自分の事を言われて恥ずかしかったのか、肩で息をしながら顔が真っ赤である。
「じ、自分らしさ研究会は自分の事を隠しては駄目だろう!?」
「そ、そーいうのじゃないじゃんっ!!」
珍しく息の荒い早霧。
ここで俺達が争っていても平行線なので会長であるユズルに視線を向ける。
「わ……わぁ……わひゃぁ……っ!」
「だ、駄目だゆずるちゃん! 目と耳と鼻と口を塞ぐんだ! 無意識朴念仁の無差別女たらしビームに焼き払われるぞっ!!」
顔を真っ赤にした小さな少女の目を大男の大きな手が覆っているという犯罪スレスレの光景だった。
立場も状況も、圧倒的に俺が有利な筈なのに何故かアウェーにいる気がするのは何故だろうか?
「お、お二人はやっぱり……!」
そんな俺を、草壁だけは椅子に座りながら羨望に似た眼差しで見上げてきていた。
――自己紹介をしただけなのに。
なんだろう、この空気は。
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