第39話 「……ナニモナイヨー?」

「おうおうおうおうっ! やあやあっ! さぎりんにレンジ、待ってたよ!!」


 学園に着き、無駄に広い校舎を抜けた先にある特別教室棟の一番奥に位置する元倉庫の狭い部室。

 その扉を開けると我らがボランティア部こと自分らしさ研究会の会長、ユズルが今日も元気いっぱい小動物的愛らしさを振りまいてきた。


「おおおおおおおおっ! 来たか八雲ちゃんに赤堀! 俺としてはもう少し遅くても良かったんだけどな! そうすりゃゆずるちゃんともっと一緒にいられたのによ!」


 その隣で真似をしようとして雄叫びになっている肉食に擬態した大型草食獣の男、長谷川が本心からの悪意のない言葉と笑顔をぶつけてきた。

 下心が見え見えなのに、ユズル本人にはまるで意識されていない可愛そうな奴である。


「やあやあ二人とも、今日も仲良しだねー!」


 そんな元気一杯な二人に合わせるテンションの高い幼馴染。さっきまでのしおらしさはどこに行ってしまったのだろうか。

 俺としては変に引きずって妙な勘繰りをされないだけありがたいのだが、ここまでガラッと変わられるとそれはそれで違和感というか、なんというか。


「へへ、そう……?」


 大男が照れくさそうに鼻の下を指で擦る。男がやっても可愛くはなかった。


「いいやっ、さぎりんとレンジほどじゃないよっ!」


 悲しいまでに相手にされていない長谷川を他所に、純真無垢の塊であるユズルが笑顔でそんなことを言う。

 俺は一瞬ドキッとしたが、早霧なら大丈夫だろうと思った。


「ソ、ソンナコトナイヨ」


 ……早霧?


「んん? んんんん??」


 やめてくれユズル。小首を傾げて俺と早霧を見比べないでくれ。


「……二人とも、何かあった?」


 口調を崩して、素の疑問を飛ばしてきた。

 さっきまでのハイテンションなら誤魔化せたかもしれないが、素の状態だと誤魔化せないというか何て言えば良いか……いや、何も言えないが。


 俺からキスしたなんて、絶対に言えないが!?


「……ナニモナイヨー?」


 早霧は露骨に視線を逸らしていた。

 やめてくれ早霧。お前、今めっちゃ墓穴掘ってるぞ?


「そうなの?」


 と、今度は俺を見上げてくる小動物ユズル。


「あ、あぁ……」

「そっかぁ」


 納得してしまった。

 その純真無垢さに感謝しないといけない。


「だよなぁ。八雲ちゃんも赤堀もいつも通りだもんなぁ」

「……おはよう長谷川。お前、良い奴だな」

「ああ、俺は良い男だぜ?」


 節穴の長谷川って、呼んでも良いか?

 駄目か、すまない。ありがとう。


「と、ところで今日は依頼者が来るんだろう!?」


 ゴホンと、ワザとらしく咳をした後に無理やり話題を切り替えた。


「そうなんだよっ! 久しぶりのじぶけん依頼者なんだっ!!」


 こっちも切り替わりの激しいユズルだった。

 

 祝日の学校で行なわれる自分らしさ研究会の活動もとい、人生相談。

 自分らしさとは、他者とは違うという事。

 人とは違う、自分だけの大切なもの。

 しかしそれは自分が普通じゃないんじゃないかという、コンプレックスにもなってしまう思春期特有の脆さを備えていた。


 そんな人達の助けになり、自分らしく生きるにはどうするかを研究するのが、この自分らしさ研究会なのである。


「それでそれで! 誰が来るんだゆずるちゃん!?」


 めげない大男、長谷川も一緒にテンションを爆上げしてユズルに聞く。

 長谷川も聞いていないとなると、早霧も聞いていないんだろうなって思った。


「みんなも知ってる子だよっ! そろそろ来るんじゃないかなっ?」

「私達も?」


 と、早霧が聞き返した瞬間。

 ――コンコン、と。

 外から控えめに扉がノックされた。


「時間ピッタリ! どうぞーっ!!」


 と、ユズルの声が響いた。

 それから数秒の間があり、扉がゆっくりと開いていく。


「し、失礼します……」


 入ってきたのは、見知った女子生徒だった。


「あ、ひなちんだ!」

「ああ、草壁ちゃんか!」

「やあやあようこそようこそっ! ひなちゃん私達自分らしさ研究会は君を歓迎するよっ!」


 早霧、長谷川、ユズルの順番でその女子生徒の名前を呼んでいく。

 一気に三人から話しかけられた彼女はビクッと身体を震わせてから。


「ど、どうも……草壁 ひな、です……」


 おっかなびっくりに、まるで初対面みたいな自己紹介をしてきた。


 ――草壁 ひな(くさかべ ひな)。

 俺達と同じクラスに所属する女子生徒だ。

 背は平均的。ユズルよりは高く、早霧よりは低い。しかし制服の上からでもよく分かるぐらいに線が細く、痩せ気味の少女だ。

 長い前髪は鼻にかかり、目が隠れてしまっている。


 おどおどしていて大人しめの女子生徒だ。

 普通ならあまり接点がない。

 そう、普通なら。


「ここでの話は誰にも言わないから安心して良いよっ! その為の自分らしさ研究会だからっ!!」

「あ、はい……」


 おずおずと、草壁はユズルから俺に視線を向けてきた。

 そう、俺は最近……彼女に絡まれている。


「それでそれで、ひなちんのお話って?」

「あ、八雲さん……えっと、その……」


 ああ……と、何故彼女が祝日のこの日を選んだのかがハッキリ分かった。


「緊張しなくていいぞ! じぶけんは自分らしさに悩んでいる奴らの集まりだからな!」

「は、はい……えっと!」


 きっと、相談できる相手は俺達だけだったんだろう。

 ビクビクしている彼女は、大きく深呼吸をしてから。



「くっ、首をっ! し、絞められたいんです……っ!!」



 裏返った声が、狭い部室に響き渡った。


 草壁 ひな。

 何を勘違いしたのか、俺が早霧に首を絞められていると思い込んでいる……大人しめな、クラスメイトの女子である。

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