第31話 「…………へぇっ!?」

『今日の夜さ……ウチ来ない?』

『今日の夜さ……ウチ来ない?』

『今日の夜さ……ウチ来ない?』

『今日の夜さ……ウチ来ない?』

『今日の夜さ……ウチ来ない?』


 そんな事を部活始めに言われて、心底穏やかでいられる思春期男子がいるだろうか?

 絶対にいないと俺は確信している。何故なら俺がそうだからだ。


 しかもその言った張本人が俺の隣でずっといる状況で、次に何を言われるのか、何をされるのかと気が気ではなかった。

 だから気がつけば午後の授業に引き続き部活も心ここに在らずで。


 そして今はその早霧と一緒に下校中だった。


 人の気も、知らないで……。

 また、この思考に囚われる。


「え、ほっ、とりゃーっ……とととぉっ!?」

「……転んでも知らんぞ」

「だから言うのが遅いんだってばぁ、ケチー」

「誰がケチだ、誰が」


 最近の流行りなのか今日も白線の上から落ちたら死ぬゲームをしながら歩いていた早霧が早速バランスを崩した。


 本当に変わらない所はとことん変わらない。

 人としてそれは当然の事かもしれないが、その変化を目の当たりにしてしまっているので気になってしまうんだ。


 今までだったら勝手に互いの家に顔パスで上がっていたのに、今はキスをする間柄になって初めての訪問である。


 これが仮に、もし仮に、万が一の確率で、俺と早霧が恋人同士だったら……恋人同士のドキドキがあるだろう。

 

 だが現実は、親友。なのにキスをする。

 俺は、どうしたら良い?

 俺は、後、何回これで悩めば良い?


「どしたの? 難しい顔して」

「い、いや……」


 ここでスパッと言えなくなってしまっている自分がいた。

 下から覗き込んで見上げてくる幼馴染の綺麗な顔にドキッとして、言葉が続かなくなる。


 早霧という存在そのものが完全に、俺の弱点になってしまっていたんだ。


「ひょっとして、緊張してる?」

「だ、誰がっ!」

「あははっ! だよねー!」


 何がだよねー、なのか。

 早霧は満足そうに笑う。

 その顔ですら、ドキッとしてしまった。


 俺の心を乱している原因はズバリ、キスである。

 当然と言えば当然に……なってしまった。

 キスをされるのが日常になってしまった。

 だからこそ、思うんだ。


 ――今日はまだ、キスをされていない。


 こう思った時点で、俺はもう駄目なのかもしれない。


「なあ、早霧……」

「んー?」


 ……いや待て待て待て待て。待つんだ、俺。

 俺は、何を聞こうとした?

 俺は、何を言おうとしたんだ?


 また覗き込んできた早霧のその顔は、綺麗なだけじゃなくて、可愛さも、あって……。


「……き、今日もその……可愛いな」


 いやいやいやいやいやいやいやいや、何言ってるんだ俺は!?

 誤魔化すにしてももっとマシな言葉があっただろうが!

 いくら思った事だからと言って、それで先日あった事を忘れたのか!?

 

 こんな事を言えば早霧はまた何か勘違いをして――。


「…………へぇっ!?」


 ――ボンッ!

 まるで爆発したように、一気に顔が真っ赤になった。


 な、何だその反応……思ってたのと違うんだが……。


「あ、あり……がと……」

「お、おぉ……」


 だから何だその反応!?

 いつもなら笑いながら俺をからかって特大のカウンターしてくるだろお前!

 何で今日に限って横髪を指に絡めてそっぽ向いてるんだ!?


「な、何で……今、言うの……?」


 長い白髪を指でクルクル。

 何でって、俺が聞きたいぐらいだ。


「お、お前だってたまに言うだろ……」


 早霧に優位を取れる絶好のチャンスなのに、その照れ顔に俺がダメージを受けてしまっている。


「う、うん……そ、そっか……」

「お、おぉ……そ、そうだな……」


 何だこれは。何だこの空気は。


「じ、じゃあ私こっちだから……」

「お、俺はこっちだな……」


 そんなのお互いに知っていた。

 いつもの分かれ道の前で、立ち尽くして。


「ま、待ってるから……」

「わ、分かった……」


 そのまま、最高にぎこちないまま俺達は分かれたんだ。

 しばらく歩いて、チラッと後ろを向いて早霧がいない事を確認してから、俺は静かに息を吸って。


「何やってんだ俺はぁっ!?」


 そう、全力で叫んだ。

 俺はこの後、この空気のまま、早霧の家に、行くん……だよな……。

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