第30話 「え、イチャイチャ?」
ドキドキとドキドキとドキドキ。
昼休みに二人きりの部室で行われたお弁当争奪戦によるドキドキ。
チャイムが鳴って授業に遅れそうになったドキドキ。
その事を思い出してしまい五時間目六時間目は授業に集中出来ずに隣にいる早霧ばかりを見てしまったドキドキの、ドキドキ三重奏。
このままでは俺の心臓はいつか爆発してしまうかもしれない。
心の安寧を保つ為にそんな事を考えながら過ごしていたらいつの間にか放課後になった。
そんな数々のドキドキを生み出した特別教室棟の端にある元倉庫の薄暗く埃っぽくて狭い我らがボランティア部こと自分らしさ研究会の部室にて。
元倉庫故か、学校では珍しいドアノブ式の扉がバァンと、音を立てて開かれた。
「い、いらっいらいらいらいらーっ!?」
めちゃくちゃいらいら言いながら入ってきたのは我らが小さな会長、ユズルである。
補習テストを乗り越えたとはいえお世辞にも頭が良いとは言えず、体力も無い弱点だらけの彼女は、扉のドアノブに手をかけたまま荒い呼吸を繰り返していた。
「ゆ、ゆずるちゃん!? お、おちおち落ち着いて!? し、深呼吸! 深呼吸しよう! ひっひっふー! ひっひっふー!!」
そんなユズルのことが好きすぎる大男長谷川がアワアワと慌て出す。
まず落ち着けと言うべきか、それ深呼吸じゃないと言うべきか、お前がひっひっふーしてどうすると言うべきか……。
「ひっ、ひぃ……うぇ……っ!」
「ひっ、ひっ、ゆずるちゃーん!?」
やるのかよ、咽せているじゃないか、お前はやらなくて良いんだよ長谷川。
この一瞬でツッコむべき場所が一気に生まれた。
「ゆずるん大丈夫? 牛乳飲む?」
「あ、ありがと……さぎりん……」
「くっ……俺はなんて無力なんだ……!」
そこに早霧まで加わったんだが俺はどうしたら良い?
疲れて渇ききった喉に牛乳はどうなんだとは思ったが、ユズルの好物だしそれで落ち着けるのなら多少の目はつぶろう。
で、長谷川……お前は何をしてるんだ。
「……けぷっ。ち、ちゅうもーくっ!」
牛乳を飲み切ったユズルが恐るべきスピードで復活をする。
小学生の回復速度とかこんな感じだよな。本人には言わないけど。
「じ、じぶけんに依頼が入ったよーっ!!」
空の牛乳パックを握りしめながら両手を上げてバンザイをした我らが会長は今日も元気で。
「な、なんだってー!?」
それに合わせた長谷川は何故か跪いたまま頭を抱えバグったオーバーリアクションをしていて。
「これで廃部の危機が救われるんだね……」
「元からそんな危機無いだろ」
「え、蓮司なんで私だけ言うの……?」
「お前だけ脱線する内容だっただろうが」
「ぶぅー!」
色白の頬がぷくっと膨らむ。
また不覚にも可愛いと思ってしまった。
「さぎりんっ! レンジっ! イチャイチャしてる場合じゃあないよっ!」
「え、イチャイチャ?」
「ただの言い合いだが」
「コイツら、マジかよ……」
入口に集まっていた三人がそれぞれの席につく。
二×二に向かい合った机にあわせていつの間にか俺と早霧、長谷川とユズルという対立構造になっていた。
「と、ともかくっ! 依頼なんだよ依頼っ! じぶけんにいーらーいーっ!」
バンッと机を叩いてすぐにユズルが立ち上がる。
いつぞやの長谷川の机叩きと比べたらかなり可愛い音と威力だった。
「ゆずるん、それってボランティア部に対する依頼じゃないよね?」
「そうだよさぎりんっ! ボランティア部はボランティア部で夏祭りのお手伝いあるけど今回はそうじゃなくてワタシたち自分らしさ研究会に依頼なんだっ!」
ユズルは興奮まじりで机に手を置いてその場で跳ね出す。
とんでもないハイテンションだ。
さて、俺達の集まりは形式上ボランティア部と名乗っている。
しかしその実体は自分らしさ研究会という、思春期特有の自分とは何かという不安定な悩みを共に分かち合い解決に導くのが目的だった。
非公式な活動なので生徒間の口コミでしか広まらない。その為、依頼は滅多に無かった。
だからこんなにユズルは、文字通り両手を上げて喜んでいるのである。
「それでゆずるん、その人ってどんな人なの?」
「ふっふっふ、それは当日までの秘密だよっ! 自分らしさ研究会は自分に悩む人の集まりだからねっ!」
「当日? 今日じゃないのか?」
「今日は金曜日だから用事があるんだって! だから来週の月曜日っ!」
「って事は、明日明後日はゆずるちゃんに会えない……?」
長谷川が一人だけ絶望している。
「じゃあ今日もじぶけん始めていこうかっ! 来週来る依頼者に恥ずかしく無いように、自分らしさを追求していこーっ!」
そしてそれにハイテンションなユズルは気づいていなかった。
「う、うおおおおおおおおおおおおっっっ!!」
しかしそれにめげずにテンション爆上がりしているのが長谷川の長所だと思った。
コイツの行動原理の最優先はユズルが喜ぶ事らしい。
「ねえねえ。蓮司、蓮司」
「ん? どうした早霧?」
珍しく早霧はユズルがはしゃいでいる所に混ざらず、何故か俺のワイシャツを引っ張ってきた。
今は親友呼びじゃなくて蓮司呼びなので、俺の心には平穏が生まれている。
「今日の夜さ……ウチ来ない?」
「んなぁっ!?」
俺の心の平穏は、幼馴染の囁きによって一瞬で崩れ去ってしまった。
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