第29話 「好きって言ったよ?」

 ガチャリと鍵がかかる音がした。

 薄暗く埃っぽい元倉庫だった自分らしさ研究会の部室に、トイレから出てきた俺は待ち構えていた幼馴染によって引っ張られてきた。

 扉の前に立ちその綺麗で長い白髪を揺らしながら、早霧は俺に振り向いて。


「正解は、お弁当を一緒に食べよーでしたー!」


 笑顔で抱えた弁当箱を見せ付けてきた。

 一つだけ、一つだけ……言わせて欲しい。


 あんな挑発的な聞き方されて、分かるかこんなもん!!


「まあまあ座って座って」

「……何も言ってないが」

「顔に書いてあるよ?」

「そんなスキル無いだろお前」

「まあまあ座って座って」

「せめて聞く耳は持ってくれ」


 ゲームの終わらない選択肢みたいだった。

 このままでは昼休みが終わってしまうので、俺は狭い部室に並べられたいつもの机に座る。

 二×二で向き合って並んだ四つの机がある。

 窓側に俺が座り、その隣の扉側に早霧が座ってきた。いつもの配置だ。

 

「蓮司がいなくなっちゃってから教室は大変だったよ? みんな私の所に来てさぁ」

「全部お前のせいだろ」

「モテモテの美少女は困っちゃうよねぇ……」

「お前のそのポジティブさはいつ生まれたんだ?」


 昔はあんなに自分の弱さを嘆いて吐露していたのに。

 今じゃ俺の隣で呑気に浮かれながら、弁当箱の中にある惣菜を口一杯に頬張っている。

 あー、もうどうして一口でそんな口の周りべったべたにするんだお前は。


「ったく、こっち向け早霧……」

「ほへ? わぷっ!?」


 ポケットから取り出したハンカチで早霧の口周りを拭う。

 ハンカチを押し当てた瞬間に驚きで目をぎゅっと閉じた姿が可愛くて、心の何処かで勝ったと思った。


「昔から本当に変わらないなお前……」

「むぐぐぐぎぎぎぎぎぎぃ……!」


 ハンカチを早霧の口から離して俺が溜め息をつくと、到底美少女とは思えないような歯軋りをしてきた。

 心なしか顔が赤い。ケチャップは全部落とした筈だが。


「ぐぎぎぃ……あ、きんぴら!」

「お前の情緒どうなってるんだ?」


 真っ赤な顔で歯軋りしていた幼馴染が急に俺の弁当の中身に興味を示してきた。

 心の移り変わりが激しすぎる。


「いーじゃん。蓮司の家のきんぴら好きなんだもん」

「息をするように無言で人のオカズを奪うんじゃない」

「好きって言ったよ?」

「好きなら何しても良いと思ってるのかお前は?」


 早霧は喋りながら俺の弁当箱の端を守っていたきんぴらごぼうを根こそぎ略奪していった。


「へへ、隙ありぃ!」

「……そうか」

「あーっ!? 私の一口ハンバーグがぁー!?」

「悪い、隙だらけだったんでな」

「レート考えてよレート! 不平等!」


 奪われたから奪い返した、そこに公平なレートなんて存在しない。

 人類が繰り返してきた悲しい争いの歴史の一端が、俺と早霧の弁当箱で行なわれていた。


「この肉欲魔人めぇ……」

「お前絶対に外で同じ事言うなよ?」


 ハンバーグ好きを揶揄した言葉による社会的殺傷能力が強すぎる。

 これが偏見報道の恐ろしさか。


「私の指も、食べようとしたのに……」

「ま、待てそれはお前からっ!?」


 ボソッと呟かれた言葉に反論しようと弁当箱から視線を移して。


「…………」

「…………」


 伏し目がちに俺を見つめる、親友の顔があった。

 あっ、と思った時には場所、状況、雰囲気と全てが手遅れで。


「……ねえ、親友?」


 隣り合う椅子の上で、距離が縮んだ。

 自分の領土を飛び越えて、幼馴染がこっちの椅子に侵犯してくる。


「……私も、ハンバーグ好きなんだよね」

「……俺も、きんぴら好きだったんだが」


 知ってる。幼馴染だから、それぐらい常識レベルで知っている。

 互いの好きなものが、互いの口の中に入ったんだ。


 もう見ているものは、その入り口でしかなくて。


「……返してよ」

「……お前こそ」


 頬に添えられた手によって動けなくなり、縛られる。

 雁字搦めの後に引けなくなった争い。

 互いに奪われたものを取り返すためには唇の先に踏み込むしかなくて――。


『キーンコーンカーンコーン!』

「ひゃっ!?」

「おわっ!?」


 ――学校と言う世界を牛耳っている、終末時計のチャイムが昼休みと俺達の争いを止めたんだ。


「あ、え、わ……つ、次の授業何だっけ!?」

「す、すす……数学だ! 遅れるとあの陰険教師に理詰めされるぞ!」


 大慌てで俺と早霧は距離を取り、互いの弁当箱を袋にしまって部室を飛び出した。


 あのままいってたら、どうなっていたのか。

 親友との争いの形に何か変化があったのかもしれない。

 けど起きなかった事に答えは出せず、俺は放課後までの残り授業を悶々と過ごす事しか出来なかった。

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