第27話 「悪い子に、なろ?」
放課後の部室で、早霧に唇の裏を親指で弄られながら、俺も早霧の唇に触れた。
言葉には出来るけどどういう状況なんだと言われると途端に答えられなくなる。
分かるのは、子供の頃からずっと一緒にいた幼馴染に触れた部分の中で、一番柔らかかったという事実に頭がおかしくなりそうだったという事だけだった。
「……んう」
親指に触れる、口から漏れた熱い吐息。
押したらちゃんと沈むのに、ぷるんと押し戻してくる下唇の弾力性。ちょっと指を押し当てるだけで口の中の湿り気が指に吸い付いてきて離そうとしない。
俺はこの唇に、毎日キスをされている。
そんな事、許されて良いのかと思った。
「……はむっ」
「むあっ!?」
すると突然早霧が、俺の親指をく、く、く……咥えた。上下からしっとり温かく柔らかな感触に挟み込まれ、俺の親指を支配する。
心臓が跳ねた。
けれど俺の口には早霧の指が二本入り込んでいて、動く事が出来ず変な声を上げる事しか出来なかった。
「へんひ……」
多分、俺の名前を呼んだ。
俺の指を、はむはむしながら。
親指から伝わる刺激と目の前に広がる刺激が見事にマッチしていて、端的に言うのなら――めちゃくちゃにエロかった。
「んっ……はむ……んぅ……」
夢中になって、早霧は俺の親指を咥えている。場所を変え、角度を変え、まるでおしゃぶりを求める赤子のように、どんどん俺の親指が唇に飲み込まれていく。
咥える度に声が漏れ、視覚触覚の他に聴覚までも俺を惑わせていた。
何度でも言うが、めちゃくちゃエロかった。
「はぁ……んんっ……あむっ……」
さっきも言ったがここは学校、放課後の部室だ。
いずれ補習テストをしている二人が帰ってくるというのに、俺と早霧は二人で互いの唇を弄りあっている。
学校でこんな事をという罪悪感。キスよりもイケナい事をしているんじゃないかという背徳感。
それら二つの要素は俺の思考をぐちゃぐちゃにするには十分すぎて。
「……ふあっ!」
左手も伸ばして、その赤く色づいた頬を撫でていた。俺の幼馴染はくすぐったそうに身をよじる。けどそれよりも早く、二本目の親指も早霧の唇に触れていた。
これで二対二だなんて、変な思考が湧いてきた。
「はっ……んあ……んぅ……」
「ふっ……はぁ……ふぅ……」
唇を弄っているだけなのに。
荒い吐息が文芸部の部室に響いていた。
早霧は俺の指を咥えながら、俺の唇を弄る。
俺は早霧の指に弄られながら、早霧の唇に触れる。
夢中になって、時間を忘れて、気づけばいつの間にか触れているだけだった左手の親指も早霧の口の中に入っていた。
「ひ、ひんうー……(し、しんゆー……)」
俺の親指に口を開かれたまま、熱を帯びた瞳で親友が見つめてくる。
扇情的で蠱惑的で魅力的で、俺の理性と言う名のストッパーを正面から叩き壊そうとしていた。
このまま、理性を捨てても良いんじゃないか。
そんな思考が頭の中の全てを支配する中で、もう一度早霧の顔を見つめた。
口の端からは唾液が垂れ、目元にも薄っすらと涙が浮かんでいたんだ。
「っ!?」
――その涙と、人には見せられないぐちゃぐちゃになった顔が……俺の壊れそうになっていた理性を取り戻させてしまった。
「えっ……蓮司?」
早霧の口から両手を離し、俺に伸ばしていた彼女の手を下ろさせる。指を伝って銀色の線がつーっと伸びたが、驚くぐらいに俺は冷静だった。
急な俺の行動に早霧は困惑して、俺を見つめる。
「さ、流石にこれ以上はマズい……」
これは俺の我がまま、俺のエゴだ。
早霧が浮かべた涙が、子供の頃に泣きじゃくっていた姿と重なってしまった。
今と昔は違うって分かっていても、身体が勝手に動いていたんだ。
「……良いよ」
「……良くない」
けれど早霧は引かなかった。
身体が弱くて、俺が守らなければいけないと思っていたのに、いつの間にか自分の意志をぶつけるぐらいに強かになっていた。
「……親友だよ?」
「……親友だからだ」
それでも引かない。
むしろどんどん距離が近くなる。
「普通の親友は、こんな事……」
言いかけて、俺の頬に手が触れた。
「それで良いよ」
ハッと俺は早霧を見る。
まるで天使のように、優しく微笑んでいた。
「……昔から私、悪い子だよ?」
そうだった。
子供の頃から身体が弱くても我がままを貫いていた。
泣きじゃくっても諦めず、我慢をし続けて……ようやくたどり着いたのが今の早霧だ。
「ねえ親友」
頬に、手を添えられて。
「一緒に、さ」
顔が、近づいてきて。
「悪い子に、なろ?」
親友と、キスをした。
それは、様々な感情が混ざり合った……とても気持ちの良いキスだった。
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