第26話 「もっと……顔、見せて?」

 隣り合って同じ方向を向いて座っているのに、顔だけは正面から向かい合った。

 マスクをした幼馴染が俺を見上げ、その白く細い綺麗な指先が俺の顔に伸びる。


「親友……」


 何度聞いたか覚えていない、親友にかける声音では熱を帯びた言葉。

 そっと優しく頬を撫でるその手が妙にくすぐったくて。


「さ、さぎり……」

「ひゃっ! く、くすぐったい!」


 俺が喋った時の吐息が、早霧の手のひらをくすぐったらしい。顔に触れる指先がピクッと震えて俺の頬を叩いた。


「やっぱり、悪い口だぁ」

「ふぁひ……!」

「……ふふ、だーめっ」

 

 親指が俺の唇の中心に当てられた。

 敏感になった口が指の温かさと柔らかさを感じてしまって。


「男の子でも……柔らかいね」


 脳を震わせる甘言と共に早霧は指で俺の唇を弄り出した。

 クニクニと上下に動かされる度に、唇と口内の唾液が擦れて、プッ、パッ、と音がする。

 それがたまらなく恥ずかしかった。


「うぁ……」

「駄目。もっと……顔、見せて?」


 顔を逸らす事さえ許されず、唇が指で玩ばれている。

 俺は今、どんな顔をしているんだろうか。きっとマヌケで、人には見せられない顔に違いないだろう。


 それはそうだ、女の子に、美少女に、親友に口を弄られている姿なんて……早霧にしか、見せられない。


「親友……」


 卑怯だ。

 俺はこんな顔を晒していると言うのに、早霧はマスクでその顔を隠し一方的に見てくるだけ。

 淡い色の瞳が真っ直ぐ俺に向けられている事しか分からない。

 その下にあるマスクが、息をする度に収縮をするだけで……ん?


「ふふぁっ!?」

「あっ、すごい……」


 突然、早霧の親指の動きが変わった。

 俺の唇をほじくるように前進し、口内に侵入しようとしてくる。思わず歯をくいしばったが、行き先はそこじゃないらしく唇の裏をなぞっていった。


「こんな感じなんだ……」


 普段外に出ない内側が指の熱を感じる。

 多分こんな場所を触るのは歯医者ぐらいじゃないだろうか。そこを親友の指が侵入し、這っていく。


 俺は今、何をされているんだ?


 ――頭がどうにかなりそうだった。


「うわ、うわぁ……」


 感動したように、夢中になった子供のように、子供だからと許されないような遊びを幼馴染はしている。

 いやこれが遊びなのかも分からない。


 分かるのは、俺の唇の裏に入ってきた親指が、一本から二本に増えたという事だけである。


「すご、すごい……」


 早霧の語彙力が完全に失われている。

 動いたり、摘んだり、揺らしたり、広げたり。

 学園一の美少女は本能で俺の唇の裏を弄り倒していた。

 

「はーっ……ふぅーっ……」


 弄られているのは俺なのに、何故か親友の息が荒くなっていくのを感じた。それは声だけじゃなくて動きや見た目にも表れていたんだ。

 肩で息をして、目はトロンと垂れて、マスクは大きく膨らんだり縮んだりを繰り返している。


 ――それがとても、苦しそうに見えたんだ。


「……ぁっ」


 と、漏れたのは親友の吐息。

 気づいたら俺は、その口元を隠すマスクを外していたんだ。

 早霧の両手は俺の顔に添えられ唇を玩んでいる為、抵抗も障害も無く……スルッと外せて。


 薄桃色の綺麗な唇と、色白の頬が外気に晒されて赤く色づいたんだ。


「……ぇぅ」


 今日初めて見れた親友の唇に何故か感動を覚えてしまった。

 隠していたからだろうか、俺だけ弄られていたからだろうか、早霧が……しおらしくなったからだろうか。

 答えは出ない。


 ただ俺は、毎日見て重ねられている筈の唇に釘付けになっていて。


「し、親友も……?」


 その淡い瞳が潤んでいる事に気づかなかった。


「い、良いよ……?」


 けどそれに気づいても、すぐに視線は唇に吸い寄せられていて。


「さわって……」


 俺も、親友の唇に触れていたんだ。

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