第18話 「ご、ご褒美……くれない?」

 我らが自分らしさ研究会は一応学園に認可された部活である。

 何故一応かと言うと半分公認、半分非公認というグレーゾーンだからだ。

 自分らしさを研究、探求、追及すると言った曖昧な活動内容だけでは認可は下りず、正式名称はボランティア部だったりする。

 つまり慈善活動が表向きの活動内容であり裏向きと言う名の本体が自分らしさ研究会なのだ。

 ちなみに会員四人ともボランティア部と呼んだ事はあまり無い。教師と話を合わせる時ぐらいだ。


 そんな泥舟の体裁で作られた部室はなんと校舎の隅にある元倉庫だ。

 特別教室がある学園棟の一番端、その一階、一番奥。

 階段を降りた先にあるこじんまりとした部室の隣は理科準備室で、単刀直入に言えばこんな場所、放課後は誰も来ない。


 ほとんど人通りが無い廊下を俺と早霧の二人は歩いている。

 誰もいないせいで足音がよく響いていた。


「んー! 座りっぱなしはつーかーれーるー!」


 そんな鬱蒼とした雰囲気をいるだけで吹き飛ばせるのが隣にいる幼馴染の長所であり強みだった。

 座り疲れた早霧は、歩きながらグイーっと両手を上げてと背伸びをしている。その動きだけで大きな胸が強調され、着ていたワイシャツを内側からいじめていた。

 

「やっぱりゆずるんがいると賑やかで楽しいよね!」

「お、おう……」


 そう言って笑いかける学園一の美少女が、両手を上げて上半身を捻るストレッチをするものだから俺は気が気ではなかった。

 どうしても意識はその大きな胸に行ってしまう。

 あの日から、唇の他に胸も気になるようになってしまったのだ。

 こんな不順な煩悩、周囲から石を投げられてもおかしくないだろうが思春期男子なので許して欲しい。

 男とは煩悩に塗れた生物なのだ。


「んー? なにその気の抜けた返、事……」


 早霧が俺の視線に気づいた。静かにストレッチを止めて、胸を隠すように両腕で身体を抱きしめる 


「……えっち」

「……すまん」


 向けられたジト目を、俺は冷や汗を流しながら浴び続ける事しか出来なかった。



  ◆


 俺の謝罪は誠意として人数分のジュースをおごるという文字通り現金な内容で成立した。

 いくら学園に設置された自販機が外の物より安くてもバイトをしていないお小遣い制の高校生には痛い出費である。

 まあそこは早霧への気持ちと、ユズルの復帰祝いと、長谷川の……長谷川の……えっと、勉強したいという意欲に免じておこう。


「んー、つめたーい!」


 それに、前を歩く幼馴染の機嫌が直り笑顔が見れた。

 早霧は右手に缶のぶどうジュースを、左手に紙パックの牛乳を持ち、それを両頬に当てて顔を冷やしている。ぶどうジュースはともかく、牛乳はユズルのである。


「蓮司もやったら? 冷たくて気持ち良いよ?」

「俺がやっても誰も喜ばないが?」


 俺も両手に飲み物を持っているが、やらない。

 右手に同じ缶のぶどうジュース、左手には長谷川用のペットボトル炭酸ジュース。

 仮に俺が頬をつけたとしても、その後に長谷川がそれを飲む姿は想像したくなかった。


「え、じゃあ私がやったら喜ぶの?」


 キョトンとした様子で、早霧は俺に聞いてきた。


「……そりゃあ、モテるからな……お前……」


 しまったと、思った。


「ふーん……?」


 前を歩き、俺に向ける視線の色が変わった気がした。


「蓮司は?」


 早霧の足が止まる。


「蓮司は喜んでくれるの、これ?」


 俺を見つめながら、両頬をジュースで挟む幼馴染。

 正直、可愛いと思った。


「……何しても可愛いだろ、お前」

「……へ?」


 だからそれを悟られないように、足早にその横を通り過ぎたんだ。


「……あ、ま、ま、待ってよ……蓮司!」


 後ろから声がするが、待たない。放っておいても早霧は勝手に追いついてくる。

 ほら、こうやってすぐに俺の横に並ぶんだコイツは。


「…………」

「…………」


 あれ、なんか近くないか?

 さっきまで先導するように前を歩いていた早霧が今は俺の隣にいる。それは良い。

 近い、距離が近い。腕と腕が触れそうなぐらい近くを幼馴染は歩いている。


「…………」

「…………」


 来る時と同じ廊下を戻り、歩いている。無言で、カツカツと廊下を踏む音だけが響いていた。

 俺も早霧も黙り込み視線の奥にある部室を目指しているが、どう考えても廊下をただ歩くだけの雰囲気じゃ無かった。


「……あの、さ」

「……お、おぉ」


 歩きながら、早霧が呟いた。


「……このジュース。ゆずるんが頑張った……ご褒美、でしょ?」

「……あ、あぁ」


 俺はチラッと視線を向けたが、早霧はやや俯き気味だったのでその顔は見えない。


「……私も。その、頑張って勉強……ゆずるんに、教えられてるよね?」

「……そ、そうだな」


 ただ、分かる事があった。


「……ね、ねえ、親友。私にも、さ?」


 いつもと違い恥ずかしそうに聞いてくる、親友のその姿は。


「ご、ご褒美……くれない?」


 とんでもなく、可愛かった。

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