第16話 「んー、全部?」
結論から言うと俺の心配と言う名の期待は、杞憂に終わる事になる。
何故ならキスよりもトンチキな、忘れていた騒がしい日常が戻ってきたからだ。
「アーッハッハッハッハッハっ! ワタシ、ふっかーーーーーーーーーーつっ!!」
「ゆずる! ゆずる! ゆずる! ゆずる! ゆずる! ゆずるちゃーんっ!」
「……教えてくれ早霧、俺は何からツッコめば良い?」
「んー、全部?」
だよなぁ……と、飽きれて物も言えなかった。
まだ朝練に勤しむ運動部ぐらいしか学校にいないであろう朝の七時半。
俺と早霧は自分のクラスである二年B組の教室を開いた。
そしたらこのお祭り騒ぎだった。
「おー赤堀と八雲ちゃん! ようやく来たか! 見ろ! ついにゆずるちゃんが復活したんだ!!」
お祭りの原因は、わずか二人によるものだった。
まず目立ったのは……いやどっちも目立っていたが、身体の大きさからも一目瞭然な大男、長谷川だ。
奴は教卓の前に立ち、まるでそこに信仰していた神が降臨したかのような熱狂っぷりで踊っていた。
もう一度言うが、ここは教室である。
そして原因の元となる原因は教卓の上にあった、というか……いたんだ。
「おうおうおうおうっ! さぎりんとレンジじゃあないかっ! 久しぶりだっ!」
彼女は何を思ったのか、上履きを脱いで教卓の上に立っていた。
夏風邪をひいて一週間も学校を休んでいたとは到底思えないハイテンションな女子生徒である。
「よーしよしよしよしっ! 全員揃ったから久しぶりに、じぶけん点呼行こうじゃあないかぁっ!」
「うおおおおおおおっ!」
「おーっ!」
「お、おー……」
そのハイテンションさに流されるように、熱狂する大男、ノリノリな学園一の美少女、困惑する俺と続く。
そういえば、こんな感じだった……。
久しぶりに『じぶけん』メンバーが勢揃いすると、こうなるのかと現在進行形で実感している。
それはこの騒ぎ散らかしている会長さまが夏風邪で家から出れず、その子供のような活力とパワーが溜まりに溜まってしまっていて、それが今爆発しているからだろうと容易に想像できた。
さて、久しぶりで懐かしく感じる彼女の紹介をするとしよう。
「会員ナンバーその一っ! 名前と見た目が強そうなのに軟派な男っ! 長谷川剛こと、ゴウッ!!」
「うおおおおおおっ! ゆずるちゃーん! めっちゃ懐かしいぜその呼び方ー!」
ハリネズミのようにツンツンで黒色のショートヘアー。
「会員ナンバーその二っ! 女神みたいな見た目の美少女だけど中身ちゃらんぽらんな女の子っ! 八雲早霧こと、さぎりんっ!」
「わー! ゆずるん久しぶりー! 今日も可愛いよー!」
自信に満ち溢れた瞳はまるで餌を目前にしたネコのような輝きを放っている。
「会員ナンバーその三っ! 一見人畜無害そうな奴だけど一番硬派で堅物すぎる真面目男っ! 赤堀蓮司こと、レンジッ!」
「……ユズル。もう心配ないぐらい元気そうだな」
上がった口角が見せる笑顔はまるで久しぶりに飼い主に会った小犬のようだった。
「そしてそしてっ! 会員ナンバー零っ! 小さな身体で可愛いっ? ノンノンッ! 夢はデッカく! 器もデッカく! そう、自分らしくっ! 自分らしさ研究会会長っ! 城戸ゆずるとは……ワタシの事だーーーっ!!」
その身に纏った強者の風格を全て帳消しにする程、小さな身体で小動物的な特徴をかね揃えた彼女の名は、城戸 ゆずる(きど ゆずる)。
俺と早霧、それから長谷川が所属している『じぶけん』こと『自分らしさ研究会』の会長である。
「さあさあさあっ! ここにいる誰でも良いっ! 久しぶりに行なう、じぶけん最初の活動内容を伝えようっ!」
「おぉ! 早速活動なんて……やっぱゆずるちゃんは最高だぁ!」
「朝から元気だねゆずるん。ゆずるん見てると私まで元気になるよ」
「……構わないが、ホームルームまでには終わるんだろうな?」
俺を含めた三人が会長さまの指示を待つ。二人はともかく何故俺が従順に聞いているかと言うと、彼女は早霧以上に唯我独尊だからだ。
何を言っても聞きやしないので素直に従っておくのが正解だとこの一年間の付き合いで学んでいる。
そして――。
「ああもちろんだともっ! さあさあ、誰かっ! ……お、おろしてぇっ!?」
教卓の上で四つん這いになり、その高さから生まれたての子鹿のようにプルプルと震えている。
――何事にもノリが一番で後先考えない彼女は、とんでもないポンコツだった。
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