第15話 「んえ?」

 透き通るような朝の空気を浴びながら歩く通学路。

 まだ時間が早いからか、住宅街を通る道も人通りは少ない。外を歩き、淡い朝の日差しを浴びる頃にはすっかり眠気は消し飛んでいた。

 訂正、早霧に二回目のキスをされた時点で嫌でも目が覚めた。

 

 まあ……嫌じゃ、ないが。


「今度は何を企んでるんだ?」

「んえ?」


 俺の少し前を軽やかに歩く幼馴染に問いかける。するとその朝日に照らされた長い白髪を煌めかせた学園一の美少女は、変な声で振り向いた。

 辞書の見返り美人という言葉の例題に八雲早霧という項目を追加しても良いぐらいの絵になる美人っぷりだった。


 声はまぬけだったが。


「いつもは俺より後に登校してるのに、わざわざこんな早い時間に俺を部屋に起こしに来るなんて絶対に何かあるだろうが」

「んー……」


 早霧は立ち止まり、胸の前で腕を組んで悩む素振りをした後に。


「お楽しみ?」

「よし、話せ」

「あいたたたたたたたぁっ!? ぼ、暴力反対! 暴力反対!!」


 チロッと舌を覗かせて誤魔化そうとしたからその頭を軽く鷲掴みにした。所謂、アイアンクローというやつである。

 ……やっぱり髪サラサラだな、コイツ。


「は、話すから離して! 話すから! 離してから話す! はな、離してぇっ!!」

「最初からそうすれば良い」

「……蓮司、昨日から私に酷くない?」

「……変な事をしてまた倒れられては敵わんからな。心配してるんだぞ、俺は」

「……ぐぎぎぃ」


 両手で頭を押さえながら抗議の視線を送ってくる幼馴染の横を通りすぎるとすぐに後を追ってきて横に並んだ。

 妙な歯ぎしりをしながら、だが。

 黙れば美人。という言葉が使われているが、黙らなくてもそれはそれで美人でありユーモアがあって面白いというギャップが生まれるのでズルいと思う。まあ俺は全部知っているが、それが原因で余計にモテているのも間違いなかった。

 

 モテるんだよな……早霧は。


「……私のおっぱい、見た癖に」

「んなっ、おまぁっ!?」


 閑静な住宅街の朝の道で、とんでもない爆弾が投下された。

 今の話の流れでは不自然な、無理やり話題を変える為の誤魔化しの一手。しかしそれは他の誰かに聞かれようものなら誤魔化しようの無い切り札と化して俺を社会的に殺す切り札となる。

 しかも早霧本人も恥ずかしいのか顔を赤くしてボソッと呟くものだから追加のダメージが俺に刺さった。

 

 だから変な声で叫んでしまった事をどうか許してほしい。


「いや、あれは違くてだなっ! ちが、違う訳ではないんだが、事故というか、事故でも事実は事実だしすまなかったと思っているが、でも見ようとして見た訳じゃなくてその……!」

「ぷっ! あはは親友、焦りすぎだよ!」

「……な、なに?」


 深刻に捉えていた分、あまりにも拍子抜け過ぎて油断していた。


「ほんと、可愛いなぁ」

「ま、待てっ!?」


 早霧が俺を親友と呼んだ事に気づかなくて。


「……んっ」

「……んっ!?」


 朝の通学路でネクタイを引っ張られて、そのままキスをされたんだ。


「……これで、許してあげる」

「お、お、お、お前外だぞ!? 誰かに見られたらどうするんだ!?」

「大丈夫だよ。ちゃんと周り見たもん」

「そ、それでもだな!」

「そ、れ、に」

「んんっ!?」


 今度は、キスじゃなかった。

 早霧の人差し指が俺の唇に当てられたんだ。

 この行為自体は先週もあった事だし、キスよりはまだマシかもしれない。

 けれどもう一度言おう。ここは外で、住宅街の中のれっきとした通学路である。

 いつ誰かに見られてもおかしくないのに早霧は平気でそれを行うんだ。


「親友、だもんね?」

「…………ぐっ」


 俺の幼馴染は自分がどれだけ注目を集める存在なのかを理解していないのかもしれない。

 注意しようにもそれを言われると何も言い返せなくなっている。

 親友という言葉がキスの免罪符でありながら、完全に俺の弱点となってしまっていた。


「ほらほら、待たせちゃ悪いから早く行こー!」


 待たせる? 誰を?

 そんな疑問が浮かんだが今はそれに集中出来なかった。

 

 今日は既に三回もキスをされている。

 朝起きて二回、そして今が一回。

 まだ朝の通学途中にも関わらずだ。

 日に日に早霧からキスをされる頻度が増えている気がするのだが、このペースだと今日はいったいどうなってしまうのだろうか?


 そんな事ばかり考えて、心配し……期待してしまっていたんだ。

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