第12話 「……二人きりだね?」

 案の定というか予想通りというかよくあそこまで頑張ったなと褒めるべきか。

 いや……無理矢理にでも脱がせておくべきだったと、反省している。


『先生ーっ! 八雲さんが倒れたーっ!!』


 四時間目の体育の授業中、早霧が熱中症で倒れた。

 意地を張り続けた真夏の冬服生活はずっと続き、体育になっても他のクラスメイトがポロシャツとハーフパンツの中、一人だけ上下長袖のジャージを着用しチャックはもちろん一番上までしっかりと上げており。


「お前なぁ……」

「だって……」


 そして今、冷房の効いた保健室のお世話になっていた。

 ジャージは脱いでポロシャツになりボタンも開けている。ハーフパンツは持ってきていないらしくジャージの裾を膝まで捲って靴下を脱いでいるような状態だ。

 

「弁当、食べれるか?」

「あ、うん」


 シュンと肩を落とす幼馴染に罪悪感を覚えた俺は無理やり話題を変える。

 今は昼休みが終わった五時間目。昼休みは完全にダウンしていたので改めて来たと言うかクラス委員として駆り出されてきた。


 本当なら保健委員の仕事かもしれないが、その肝心の保健委員であるゆずるは夏風邪で休んでいてそれに引きずられたもう一人の保健委員である大男長谷川は俺が行けと一点張り。

 結果、俺が来ることになった。


 俺としても早霧が心配だったからありがたい。

 ノートは後で長谷川にでも見せてもらおう。アイツ、字が汚いんだよなぁ……。


「あれ、蓮司も食べてないの?」

「ん? ああ、昼休みもここにいたからな。まあ早霧はぐーすかぐーすか寝ていたが。気にしなくて良いぞ? おかげで授業をサボれて飯が食える」

「……ぐーすかって、そんなイビキしませーん!」

「お前……知らないのか? 昔から昼寝した時は……いや、すまん……忘れてくれ」

「え、嘘……? 嘘だよね蓮司!? 私イビキかいてるの!?」

「すまん、嘘だ」

「うがーっ!!」


 よし、成功した。

 俺の幼馴染は優しいからな。自分のせいで俺が昼飯を食べていないとしれば気に病むだろう。久しぶりに懐かしい反応も見れたし、上々だ。


「悪かった悪かった。だが叫ぶんじゃない。元気になったとはいえ倒れたんだし、何よりここは保健室だ」

「蓮司のせいじゃん……ていうか今、誰もいないし……」

「それでもだ。生徒に看病を任せて煙を吸いに行った不良教師の事は忘れろ」

「うぅ……」


 電子タバコなら良いよねと訳の分からない事を言って去っていった職務怠慢の女教師の笑顔を思い出した。すぐに脳内清掃業者を雇って綺麗にした。


「……二人きりだね?」

「いいから食べるぞ」

「あいたぁっ!?」


 俺をチラ見して何だか変な事を言いそうな気がしたので、カウンター気味にチョップを頭に振り下ろす。

 涙目になって両手で頭をさすった幼馴染にドキッとしたのは内緒だ。


「今日の蓮司は手強い……」

「お前が弱ってるだけだろう」


 ていうかお前は何と戦ってるんだ。

 俺か? 俺と戦ってるのか?


「……なんか、懐かしいね。こういうの」

「……最近はお前に振り回されっぱなしだったからな」

「そうじゃなくてさ。私が倒れて、蓮司が看病してくれるの」

「……ああ」


 言われてみればそうだった。最近の記憶が濃すぎたせいで曖昧になっていたが、昔はこうしてベッドに座る早霧と椅子に座りながら話をしていた。

 あまり学校にも行けてなかった幼馴染が寂しくならないように、その日にあった出来事を毎日、毎日。

 俺が大袈裟に話す度に早霧が笑ってくれるのが嬉しかったんだ。


 ……あの時はあの時で、楽しかったなぁ。


「今のお前は変に元気になり過ぎて、そのせいで無茶して倒れるようになったしな」

「そ、それは……蓮司のせいでも……あるもん」


 昔みたいにからかったら、とんでもないカウンターが飛んできた。

 駄目だ。土曜日といい、今といい、しおらしくなった早霧を見るとどうしても昔の早霧のように意識してしまう。


「す、すまなかった……」


 忘れろと言ったのに思い出させてくる幼馴染。

 恥ずかしくなった俺は手元にあった弁当を食べてこの間を誤魔化す事にした。


「そう素直に謝られると私も……あれ?」


 それが、引き金となった。


「蓮司、ご飯粒ついてるよ?」

「ん? どこ――」


 次の瞬間、強い力でネクタイを引っ張られたんだ。


「んっ……」

「んぅ!?」


 そして目の前には、目を閉じた早霧の顔があって。また、キスをされた。


「お、お前……危ないだろっ!?」


 突然の出来事に思考がパニックになった俺は的外れな怒り方をしたのだが。


「……ほっひゃっは(とっちゃった)」


 悪戯に舌を出し、その上に乗ったご飯粒を幼馴染に見せつけられてはもう、黙る事しか出来なかった。


「隙だらけだよ?」


 わざとらしく顔を上げ、喉の動きがハッキリと見えてしまった。


「ごちそうさま、親友」


 その勝ち誇った笑顔に、勝てる気がしなかった。

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