第11話 「……暑く、ないよ?」

 親友とは、キスをしても良いけど胸を見られるのは駄目らしい。

 ……いや、どっちも駄目じゃないか?


「分からん……早霧が何を考えてるか……」


 月曜日の朝。

 下駄箱から上履きを取り出しながら思い出すのは、土曜日の一幕。

 ベッドの上で何度も交わしたキスの感触、幼馴染の体温、押し倒された時にモロに見えてしまった大きな胸。


『……わ、忘れて……ください……』


 ――しおらしくなった、親友。

 

「忘れられる訳、ないよなぁ……」


 大きな溜め息を吐きながら廊下を渡り、教室の扉を開く。

 どんな顔して早霧に会えば良いのかと……悩みながら。


「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 もっと大きな溜め息を、もっと大きな男が吐いていた。

 窓際一番後ろ、俺の席を占拠して。


「……何してんだ、長谷川?」

「……おお、赤堀」

「人の席を奪っておいて偶然みたいな顔をするな」

「俺はお預けを食らっている。お前なら……分かるだろ?」

「何も分からんが」


 ショックを受けているのは間違いなさそうな大男の相手をする週初め。今週も前途多難な気がした。

 ていうか俺なら分かるだろって、どういう意味だオイ。


「ゆずるちゃんの話、聞いてるか?」

「ん? ああ、夏風邪が治りそうだって話だろう?」


 土曜日に早霧が言ってたな。そう、土曜日に……。


「それがまだ治らないみたいでさぁ、今日もう一回病院行くって連絡あったんだよぉ……」


 ラグビーやってそうなガタイをした大男が、だよぉ……と語尾を伸ばしている。

 似合っているかどうかは置いておくが、とんでもない哀愁がただよっていた。


「そうか。お大事にな」

「俺にも元気頂戴……」

「今のはお前に言ったんだが」


 いい加減俺の席から退いてくれないだろうか、この大男は。

 俺だって気分が滅入っているというのに、大きさと明るさが取り柄のムードメーカーなお前がそれだと大変なんだが。


 早霧に会う前からどっと疲れてしまった。


「や、八雲さん!? それどうしたの!?」


 その幼馴染の名前を呼ぶ、クラスメイト女子の驚きの声。

 振り向いたその先にいたのは白髪をなびかせる学園一の美少女がいた。いつもと変わらない顔の良さで、いつもと変わらないスタイルの良さで、いつもと変わらない様子で、彼女は。


「や、やあ……皆、おはよう……」

「何て恰好してるんだお前!?」


 いつもと変わり過ぎた格好をし過ぎていて、思わず教室の端から叫んだ。

 季節は夏、七月の序盤。冷房の無い教室の窓は全開で、朝だと言うのに生温い風が入り込む厳しい暑さだ。

 そこに現れた、長い白髪の幼馴染はまるで雪の妖精のように綺麗で涼し気……なのだが。


 問題はその姿だった。

 いつもより丈の長い、膝下まであるロングスカート。

 そこから伸びる白い脚を覆う、黒のタイツ。

 ワイシャツは学園指定のものだが、ボタンは一番上までキッチリと留めて胸元にリボンをキツく巻いている。

 更にその上から灰色のブレザーを羽織っており、極めつけは首元に赤いマフラーまで完備のフル装備。

 もう一度言おう。

 季節は夏、猛暑が襲ってきている七月の頭だ。


「ど、どうしたのそれ!?」

「フラフラだよ大丈夫!?」

「赤堀くんとの新しいプレイ……?」

「赤堀も夏なのにずっとネクタイしてるし、そういう……?」

「や、やっぱり首絞めなんだ! そのマフラーとネクタイを絡め合うんだ……!」


 そこに学園一の美少女が完全冬装備で現れれば、教室が一瞬でざわつき出すのは間違いなかった。

 ていうか先週から倒錯した女子生徒がいるのは気のせいか!?


「……蓮司、おはよー」

「お、おう……」


 額から滝のような汗を流す美少女。


「あ、暑くないのか……?」


 そう言うと、早霧は胸元を隠すように首元のマフラーをきゅっと押さえて。


「……暑く、ないよ?」


 露骨に俺から視線を逸らしながら、倒れこむように自分の席に座る。

 彼女の耳が先まで赤かったのは、暑さのせいだけじゃなくどう考えても俺のせいだった。


「ゆずるちゃーん……」


 長谷川、お前はそろそろ退いてくれ。

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