第9話 「キスは、良いのに?」

 ここは俺の家、俺の部屋、俺のベッド。つまり世界で一番俺がいる、俺だけの場所だ。

 なのにアウェー感が半端ないのは目の前にいる白髪の幼馴染、学園一の美少女である早霧のせいだろう。

 古着レベルまでクタクタになったオーバーサイズの白Tシャツは首元がヨレヨレになっていてそこから鎖骨を覗かせている。

 それだけで男を殺す凶器になるのにその下にある大きな胸の膨らみがこれでもかと主張していて、細い身体と大きな胸で脳がバグりそうだった。


 誰か俺を助けてくれ。


「それで、親友は私をどうあたためてくれるの?」


 壁によりかかってベッドに座り、チラ見えする紺色のショートパンツからその綺麗な長い足を組んでいる幼馴染が愉快そうに笑っていた。

 早霧と一緒のベッドにいる。そんなの昔から何度だって体験してきたし、一緒に寝たりもしてきた。けどそれは子供の頃の話で今は互いに成長した高校二年生である。男と女、明確に違う生物学的特徴が如実に表れており。


 単刀直入に言おう、俺の幼馴染がめっちゃエロいんだ。


「お、お前は、どうされたいんだ……?」


 そんなエロさを見せつけてくる早霧に俺は聞く事しか出来なかった。

 だって幼馴染とは言え美少女だぞ? その体をあたためるって何したら良いか分からないだろ普通!


「ふーん?」


 そんな俺の情けない様子を早霧はニマニマと眺めている。昔からよく見るイタズラに成功した時の顔だ。それがこんなにも俺の胸を高鳴らせるようになったのはいつからだろうか。キスからだろうな。


「私に、言わせたいんだね?」

「ち、違う! そんな意図は無くてだなっ!」

「あははっ、冗談だよ冗談! 焦った親友は本当に可愛いなあ」

「……タチが悪過ぎる」

「大丈夫だよ、親友にしかやらないから」


 それを俺はどう大丈夫と認識すれば良いのだろうか。


「まあそうだなあ。奥手な親友少年に早霧お姉さんが優しく教えてしんぜよう」

「同い年だが。俺の方が誕生日早いんだが」

「そーいう細かい事気にしてるとモテないよ?」


 ミスをしたのはそっちだろうが。ていうか親友少年って何だよ。


「それじゃあ……はい」

「……ん?」

「だから……はいっ」

「……んん?」


 壁に寄りかかるのをやめた早霧がベッドにペタンと座り直す。そうして向き合った俺に両手を広げたんだ。ヨレヨレのシャツがだらしなく垂れてまた鎖骨を強調させていて。


「……抱きしめてよ」


 そんな事気にならなくなるぐらいの爆弾を投げつけられた。


「だ、抱きしめてってお前!?」

「そんな照れなくても良くない?」

「あ、あ、あ! 当たり前だろう! 男女が同じベッドの上で抱き合うなんてそんな不純な」

「親友でしょ?」


 俺の取り乱しはたった一言で分からされてしまった。

 親友と言うワードは俺の中でも特別なものになってしまっているのかもしれない。


「ハグぐらい普通ってば」

「は、ハグって……聞こえは良いが結局は」

「キスは、良いのに?」


 試すような視線で首を傾げる幼馴染のそれに、俺は何も言えなくなり。


「ねえ親友」


 甘美な声が。


「優しく、抱きしめて」


 俺の耳元で囁かれた。


 「お、おぉ……っ」


 思わずした返事は見事なまでに裏返ってしまった。しかしその程度の恥の上塗りはもはや気にならない。

 親友を抱きしめる事しか、頭に無かった。


「きゃっ! も、もう急だなぁ」

「す、すすすすまない……!」


 理性と衝動に板挟みされたまま抱きついたその身体は柔らかかった。ずっと隣にいたのに知らなかった、親友の柔らかさだ。


「そんな遠慮しなくて良いのに」

「し、しかしだな!」

「あったかいよ、親友……」


 そう言って、俺の背中に回された手の力が強まった。

 親友と、抱き合っている。幼馴染と、抱き合っている。早霧と、抱き合っている。

 他のどこでも無い俺の部屋のベッドの上で。

 上半身いっぱいで感じる早霧の熱。胸に感じる柔らかさはきっと、彼女の大きな胸しかない。服越しとは言え胸と胸が触れあっている。このドキドキは俺のものなのか、それとも……。


「えへ、ちょっとだけイケない事してる気分」

「ち、ちょっとじゃないと思うが……」

「じゃあ、共犯者だね?」

「…………」


 そう笑う早霧に一段と胸が高鳴った。

 ここ最近は、普段の早霧から親友と呼ばれて迫られる事が多かった。だが今は親友と呼ばれている時に普段の早霧が垣間見えたんだ。

 ――ああ、俺の知ってる幼馴染だ。

 

 俺の知ってる早霧に今、ときめいてしまったんだ。


「そんなに見つめられると照れちゃうってばぁ」

「……早霧」


 吐息がこぼれるように、俺は名前を呼んでいた。


「あ、うん……」


 それだけで、伝わってしまったんだと思う。


「親友……だもんね」


 ゆっくりと。早霧は俺を見上げながらも、その目線を少し泳がせて。


「……キス、しよっか?」


 真っ赤な顔で伏し目がちに、はにかんだ。

 キスの前で初めて見る……親友の照れ顔だった。

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