第8話 「心配、なんでしょ?」
「蓮司ー、このマンガの次の巻どこー?」
「ん? ああ机の上にあるぞ」
「あー、そりゃ本棚に無いわけだねありがとー」
「おう」
穏やかな休日。
「蓮司ー、今日のお昼はー?」
「んー、焼きそばで良いか?」
「良いね夏っぽくて。あ、野菜少なめでね」
「好き嫌いするな。野菜が美味いんだろうが」
「ぶぅ、ケチー」
「ケチじゃない。野菜は高いんだぞ」
平穏な日常。
「蓮司ー、ゆずるん来週には学校来れるってー」
「おおそうか。長谷川も寂しがっていたしそれは良かった」
「夏風邪は大変だよねぇ。私も気をつけないと」
「ならまずその薄着をなんとかしたらどうだ」
「いーじゃん私と蓮司の仲なんだし……それとも、気になっちゃう?」
「…………」
「蓮司の、エッチ」
幼馴染が、薄着で俺の部屋に入り浸っている、そんな土曜日の朝。
読み途中のマンガ本から顔を覗かせ、ニヤけた視線だけを送ってくる早霧は俺のベッドを占拠していた。あの本の裏側では絶対に口角も上がっているに違いない。
ダボっとしたヨレヨレの白Tシャツは早霧が着るにはサイズがかなり大きく、下に履いた紺色のショートパンツが隠れる程だ。一見履いてないように見える着こなしから伸びた色白の長い足を意識しない男子はいないだろう。
だらしないとも言えるし、ラフとも言える、学園一の美少女の残念な無防備っぷりが遺憾無く発揮されていた。
非常に、目の毒である。
「し、心配してるだけだ……!」
「ふーん?」
楽しそうに、幼馴染は俺のベッドに寝転がった。
昔からの付き合い、心を許した遠慮の無さ、そう俺達は互いに気楽でいられる関係だ。
……そんな訳あるかふざけるなキスをされてから意識しまくってるに決まっているだろこんなの美少女が俺のベッドに寝ているんだぞ、仰向けで!
白く長い髪がバサッとベットに広がっているし、見上げてくる瞳は何だか色っぽいし、仰向けなのに大きな胸が凄い主張してるし、ダボダボTシャツによってやっぱり履いてるように見えないし!
「心配、なんだ……?」
「あ、当たり前だろ!」
今は健康的に育った……育ちすぎている気もするが昔は病弱だったんだ。そんな幼馴染を心配するのは当然だろう。そう、これは当然な事だ。決してやましい意味は無いのである。
「心配なんだね?」
「ああ……って何回言わせる気だお前!」
「んー、千回ぐらい?」
「日が暮れるぞ!」
そう、気にしなければいつものような他愛の無いやり取りに収まるのだ。早霧が俺をからかって、それに俺が反応して。
そんな日常の至る所にドキッとする仕草が潜んでいる。いや、潜んでいたと言った方が正しいだろう。
俺の意識は明確に、この無防備な寝姿を晒す幼馴染に書き換えられてしまっている。
「じゃあ今日の晩御飯はカレーが良いな」
「夜まで食っていく気かお前は」
「今日ウチ……誰もいないんだ」
「意味深なセリフを食事の為に使うんじゃない」
そう、昔からあった。ずっとこんな感じだ。これを意識すれば良いのに。
「ドキッとしたでしょ?」
「……シチュエーションによる」
「結構ロマンチストだよね、蓮司って」
「……うるさいな」
からかうように笑ってくる。仰向けのまま。俺は何処を見れば良いのだろう。目のやり場に困るとは正にこの事で、俺の思考はかき乱されてばかりだ。
「蓮司が喜ぶロマンチックなセリフかぁ……」
「考えるなそんな事」
「でも蓮司が照れる顔、可愛いもん」
いつだって悪びれもせず、シレっとこういう事を言うのが早霧だって知っている筈なのにドキドキが止まらないんだ。
「んー、私だけが知ってる蓮司の顔……」
そんな彼女に気を取られていたからだろう。
気づいた時には既に遅く、何かのスイッチが……切り替わったような気がした。
「……あぁ」
早霧の半開きだった口が、キュッと閉じられる。
「ねえ親友」
先日から嫌という程に分からされている、幼馴染の新しい姿がそこにあった。
「この部屋、寒くない?」
挑発的な視線が、俺に向けられる。
「だ、だから薄着すぎると言ったんだ! ったく、エアコン止めれば良いんだろ?」
しかし、いつまでも早霧の良いように弄ばれる俺ではない。俺だって成長しているんだ。その視線から逃げるように俺はリモコンに手を伸ばす。
これだけで解決する単純な誘惑に負ける筈が無いんだ。
「……あっためてよ」
それを、たった一言で覆されてしまった。
「こっち、来てさ」
寝返りを打った幼馴染が、ポンポンと俺のベッドを叩いて。
「このままじゃ風邪、ひいちゃうなー」
学園一の美少女が笑うんだ。
「心配、なんでしょ?」
いいから、こっちに来いと。
「ね、親友?」
俺は、俺はどうしたら良い……!?
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