第7話 「付き合ってないよ?」
噂とは人の足よりも早く進むものだ。
興味、関心、想像、理想、様々な要因が重なって、話に尾ひれがついていく事になる。
「なあ赤堀……昨日の昼休み、階段で八雲ちゃんのパンツ見る為に跪いたらビンタされて吹っ飛んで、上履きを舐めて許してもらったって……マジ?」
「……何がどうしてそうなった!?」
だがこれは尾ひれと言うか、何かもう別の生物になっていた。
早霧は言わずと知れた学園一の美少女である。
長くて綺麗な白い髪、整った顔、スタイルの良い身体、身に纏う神秘的な雰囲気とそれを緩めた時の朗らさによるギャップ、どこにいてもその場の主役のように目立つ彼女は、他者からの注目を集める存在だ。
きっと昨日の昼休みも俺と一緒にレジュメを運んでいるのを見られていたのだろう。まあそれは学校だから当然と言えば当然だが。
しかし事実が曲解されすぎである。
確かに俺達は昨日、階段にいた。両手が塞がっている早霧を守る為に階段で後ろを歩いた。散らばったレジュメを拾う為に膝をついた。
その結果が朝、俺が教室に入った瞬間にやってきた長谷川の意味不明な問いに繋がっている訳だ。
「え……僕は八雲さんと赤堀くんは主従関係で放課後、犬のように四つん這いで校舎を散歩してるって聞いたけど?」
「実は赤堀が八雲さんを脅してる側って先輩から聞いたけど、どうなんだ!?」
「ふ、二人は皆に内緒でもう恋人になってて……そういうプレイで楽しんでるんじゃないの?」
「赤堀くん、首絞めでしか興奮できないんだよね……」
独り立ちした噂が無数のキメラを生み出していた。それぞれが独自の進化を遂げている様はまるで地球の歴史、生態系の変化を見ているようで……頭が痛い。
わらわらとクラスメイト達が俺に集まってくる様は餌を与えられた鯉。全員が口をパクパクさせて真相にありつこうとしていた。
「おはよー……って、蓮司も人気者デビュー?」
そんな混沌とした教室に、噂の要である早霧が現れてしまった。
「おはよう八雲さん! 赤堀くんとの関係どうなってるの!?」
「もう身体の関係になってるって本当!?」
「告白したのはどっちから!?」
「首絞めの時に気をつけてる事って何!?」
そんな幼馴染は格好の的であり、女子のほとんどがあちらに向かった。その噂は俺よりかはマシと言えばマシな部類の色恋沙汰だが……さっきから首絞めに固執してる奴いないか?
「え? 私と蓮司?」
いやそんな事よりも今は早霧の答えだ。まあ早霧の事だから変な事にはならない筈だ。昨日もわざわざ人目を避けた場所に俺を連れ込んで……き、キスをしたし……。
だ、大丈夫だよな早霧?
昨日教室で俺を引っ張って出て行った所を皆に見られているからってとんでもない事を言い出したりしないよな?
「付き合ってないよ?」
平然と、簡潔に、一言で、早霧は言い放った。
分かってる、分かってた、分かってはいた。けど何故か胸にモヤモヤが広がっていくのは何でだろうか。
「えぇー、でもさ……」
それだけでは納得できない女子の一人がまた新しい事を聞こうとして。
『キーンコーンカーンコーン……』
朝のホームルームを告げるチャイムが鳴って。
「あ、ヤバッ座れ座れ!」
「こば先に怒られるぞ!」
「八雲さんまた後で聞かせてね!」
一目散に各々の席に戻っていく。我らが担任はとても怒りやすく怖いのである。
解放された俺と早霧も隣り合った窓際一番後方の席についた。
「私達、付き合ってるんだって」
「……否定しただろ、お前」
担任の目を盗んで、隣から愉快そうに幼馴染が俺に耳打ちしてくる。その一挙手一投足が目と耳と心に猛毒だった。
「んー、んー?」
そこからは、休み時間になる度に質問攻めの波状攻撃が来る以外は平和だった。
いまだ親友とは何かを悩み続ける俺とは対照的に、早霧は黒板を見ながら授業に集中しているようだ。首を傾げながらシャーペンを唇に当てている。薄桃色をした、柔らかな、その唇に……。
「気になる?」
「っ!?」
急に俺の方を向いてニヤリと笑った幼馴染に、驚いて危うく声を出しそうになるなのでして放課後が訪れて。
「蓮司お待たせー! あれ、今日はぶどうジュース二つなの?」
「あ、暑いからな……」
いつもの公園で、いつものように告白を断ってきた早霧と待ち合わせをして。
「ねえ親友」
帰り道、不意にネクタイを引っ張られて。
「しよっか?」
返事をする前にキスをされた。
「えへっ……じゃあまた明日ね!」
唇を離し、可愛らしくはにかみながら走り去っていく学園一美少女な親友の背が見えなくなってから、俺は大きく息を吸って。
「……分からああああああああああああああああああああああんんっっ!!」
夕陽に向かって全力で叫んだ。
アイツ、俺をどうしたいんだ……何をしたいんだ!?
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