第3話 「毎日しても問題ないよね?」
親友について悩み過ぎたのか記憶が曖昧だった。確か、昼休みが終わって五時間目のチャイムが鳴ったのは覚えているんだが……。
「あ、親友。おはよ」
見慣れた白く長い髪が目の前にあった。
「……早霧?」
「うん、私だよ?」
悩みの種の幼馴染が、俺を上から見つめている……上から?
「……待て、今、どうなってる」
「ここは教室、ひざまくら~」
リズミカルに理解しがたい現実が突きつけられた。早霧の奥に見えた教室の天井。後頭部には、あたたかくて柔らかい感触。
「よく眠れた?」
「なっ!?」
笑顔。
逃げ場の無い、俺だけに向けられた笑顔が真上から降ってきた。
「先生も驚いてたよ? 真面目な親友が居眠りしてて」
「ま、待ってくれ! つまり俺は」
「五時間目からホームルームまで、ぐっすり」
恥ずかしさが。
「寝顔、可愛かったよ?」
急激に押し寄せてきた。
「逃げちゃ駄目だよ?」
起き上がろうとした俺の頭を、細い手がいとも簡単に押さえ込む。
体勢も、状況も、相手も、勝てる要素が見つからなかった。
「な、何故だっ!?」
「寝不足でしょ? もっと寝てなよ」
「い、家で寝れる!」
「寝れなかったからこうなってるんでしょ?」
「…………」
「親友なんだから、遠慮しないの」
親友。
今、俺を最も苦しめている言葉が襲ってきた。気兼ねなく接する事が出来るのが親友だとは思うが、その先にあるのがひざまくらなのかは疑問である。
「倒れた時、助けてあげるって言ったもんね」
「……は、早すぎないか?」
「早く倒れた親友が悪いのです」
ぐうの音も出ない正論だった。
「……な、なあ」
「んー?」
「き、昨日の事……なん、だが……」
話題を変えようとして、思いついて逃げた先はもっと地獄だった。
何故俺は幼馴染にひざまくらをされながら、昨日のキスについて聞いているのだろうか。
「……キス?」
「お、おお……」
わざとか、天然か。少し間を開けてからまた早霧は人差し指を唇に当て、俺はそれを見てしまった。
「だって、親友でしょ?」
「んっ!?」
それは、間接キスだった。
人差し指が、早霧の唇から俺の唇へと移動する。人の指って、こんなに柔らかかったのか……。
「親友なら気にしないもんね?」
「……う、あ」
情けない声が出てしまった。
俺の唇から離れた人差し指がまた早霧の唇に戻っていく。唇から唇へ、往復して行って帰る、短いながらに濃密な冒険だった。
間接キスなら昨日のぶどうジュースの方が濃いかもしれない。けど本当のキスを経験してから、どうしても早霧を意識してしまうんだ。
「言ったの、蓮司だもんね」
「なっ――」
口を開けるよりも早く、幼馴染は動いていた。
細く柔らかな手に包まれる。まるで抱きかかえられるように、俺と早霧は近づいて。
「んっ」
「んむぅ!?」
唇が触れあった。
昨日とは違う、俺が意識した上での優しいキス。けれど早霧が優位なのは変わらない。幼馴染から俺に向けた、一方通行のコミュニケーション。
「……だから、毎日しても問題ないよね?」
「……あ、あぁ」
唇を、顔を離した早霧が満足気に笑った。
唇が触れあうだけなのに思考をぼやけさせるには十分すぎる劇薬で。俺は頷く事し出来なくて。意識する事しか、出来なくて。
俺は親友と、二回目のキスをした。
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