第4話 「好きだよ?」

 二日連続で、俺は幼馴染とキスをした。合計二回。上唇と下唇、唇は二つでキスも二回。

 自分でも何言ってるか分からない。早霧の言う、親友の意味も分からない。親友なら毎日キスしても良いらしい。


 親友とは?


 キスが終わった後の早霧は普通だった。いや既に普通の定義もあやふやなのだが普通だった。いつも通りの俺が知ってる幼馴染の姿だ。


 じゃあキスの時は?


 そこには俺が知らない早霧がいた。親友なのに、キスをしてくる、強気な幼馴染。

 これは次の議題に出すべきか、いや出さない方が良いだろう……っていうか出せるかこんなもん。


 キス、キス、キス。

 キスをする相手は、普通……。

 

「……なあ長谷川。ひょっとして、早霧は俺の事が好きなのか?」

「赤堀、お前今日も寝ぼけてんの?」


 俺の普遍的疑問はガタイの良いクラスメイトこと、長谷川に一蹴されてしまった。


「いや、昨日の夜はなんとか眠れたが」

「マジ? あんなに昼寝しといて夜もグッスリとか健康じゃん……って、ちげぇわ!」


 ――ダンッ!!

 ノリの良いツッコミが炸裂し、長谷川は俺の机を軽く叩く。しかしその巨体から繰り出される一撃は重低音を轟かせ、朝の教室に伝播する。

 つまり、静まり返ってしまった。


「……すんません」


 見た目とは裏腹に小心者の長谷川である。慣れ親しんだ他のクラスメイト達も「ああ長谷川か」と各々の会話に戻っていった。


「……やられたぜ」

「やったのは長谷川、お前だろ」

「お前のせいだわ!」


 偉丈夫からの渾身の叫びが目の前から浴びせられる。

 控えめに言って、圧が凄い。


「八雲ちゃんがお前の事好きなのか、とか変な事聞くからだろうが」

「……幼馴染だもんな、好きな訳ないか」

「何でそうなるんだお前!?」


 ――ダダンッ!!

 前の席から巨体、長谷川が身を乗り出した影響で俺の机が爆音を奏でた。


「……マジ、すんません」


 二回目。

 早くも適応したクラスメイト達はすぐに戻り、長谷川も座って元通り。


「はぁ……ゆずるちゃん早く帰ってこねぇかな? じぶけんしたいし、俺一人じゃあこの朴念仁対処出来ねぇよ」

「誰が朴念仁だ」

「お前だよ世話焼き居眠り馬鹿真面目」


 褒めてるのか罵倒してるのか分からないが、世話焼き居眠り馬鹿真面目のリズムだけは良かった。


「良いか? この一年……誰の告白も受けなかった学園一の美少女、八雲ちゃんはお前とだけずっと一緒にいるんだぞ? これで好きじゃなかったら何なんだよ?」

「……いや、それはただの幼馴染で」

「いらん! そんなテンプレいらん! お前もじぶけんならもっと自分出してけ!」

「今は俺じゃなくて早霧の話なんだが」

「だからお前の話してんだよ!」


 大男から理不尽な怒られ方をされてしまった。けど三回目のダンッは無い、この短時間で確かな成長を見せている。


「ったく、好きなら俺に言わないでさっさと八雲ちゃんに言えよな?」

「す、好きとかそんなんじゃ……」

「思春期かお前は」

「思春期だよ俺は」

「んー? 今日は何の話?」

「うおわぁっ!?」


 また横から不意打ち幼馴染に驚かれてしまう。悪戯が成功したようなその笑顔にドキッとした。


「おっす、八雲ちゃん! ちょうど良かったわ」

「おはよ長谷川くん。ちょうど良いって?」

「八雲ちゃんが赤堀の事、好きなのかどうか気にしててさぁ」


 何言ってんだお前!?


「私が、蓮司の事?」

「さ、早霧! 答えなくていいぞこれはコイツの気の迷いで!」

「好きだよ?」


 ――ざわっ!!

 早霧がしれっと言った一言で、クラス全体が静まり返った。なのに当の本人はキョトンとしている。

 もちろん、俺の心中は穏やかではなかった。


 さ、早霧が本当に俺の事を、好きって……。


「私と蓮司は――」


 人差し指を唇に当てて、早霧は。


「――親友、だもんね」


 そう、俺に笑いかけた。


「……あー、えっと、親友?」


 と、困惑する長谷川。


「うん、親友」


 と、即答する早霧。


「……マジ、すまん」


 肩をポンと叩かれ、気まずそうに長谷川は去っていった。それに同調するように、静まり返っていたクラス中もまた元の日常に戻っていく。まるでいたたまれない者から目を逸らすような感じだった。


「え、何? どしたの、これ?」

「いや、何でもない……」

「ふーん?」


 首を傾げる早霧に、俺は首を横に振る事しか出来なかった。

 もう一度言う。俺は今、心中穏やかではない。


 何故なら、少なくても早霧にとって。


「ねえ親友」

「いっ!?」


 親友、とは。


「好きでしょ?」

「ち、ちがっ……!」


 キスをする、相手なのだから。


「こーれっ」

「……え?」


 肩掛けのスクールバッグから取り出された紫色の缶が俺の机に置かれた。

 ぶどうジュース。

 いつも俺が早霧を待つ時に飲んでいるよく冷えたお気に入りの缶ジュースで……何度も間接キスをした、あの……。


「今日は居眠りしないように、親友からのプレゼントです」


 そう、いつものように笑いながら。

 早霧は缶ジュースの飲み口を、つーっと人差し指でなぞった。

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