第2話 「また後で、ね?」

 幼馴染とキスをした。

 昔からずっと一緒だった幼馴染と、家族同然だと思っていた幼馴染と、学園一美少女な幼馴染と、あの八雲早霧と……キスを。


 キスってつまり、そういう事……なんだろうか。昨日早霧も似たような事を言ってた気が、けど親友なら普通って、いや親友ってキスするものなのか?

 分からない、幼馴染が、分からない。

 俺の事、好きなんだろうか……でも俺は幼馴染としか思っていなくて、けどキスされて、なのに親友だって俺の事、親友呼びで、ああ、あああああああ……。


「おっす赤堀……ってお前、目のクマひでぇぞ!?」

「おお、クラスメイトの長谷川じゃないか……」

「いやフラフラ! 座れ、まず座れお前!!」


 ガタイの良いクラスメイト、長谷川 剛(はせがわ ごう)に手を引かれて俺は自分の席に腰掛ける。

 窓際一番後ろ、外から差し込む夏の日差しが今日はやけに強い。


「体調悪いなら帰った方が良いぞ?」

「大丈夫、ただ……寝れなかっただけだ」

「それ、大丈夫なのか? 真面目なお前が朝までオールねぇ……ひょっとして、八雲ちゃんの事?」

「んなっ、ななな、何故それを!?」

「……え、マジ?」


 ずずずいっと長谷川が前の席から詰め寄ってくる。


「や、八雲ちゃんと何かあったのかお前!?」

「な、無い! 何も無い! 無かった!」

「嘘つけバカ! 学園一の美少女と平気な顔をしていつも一緒にいるお前がその様子で何も無かった訳無いだろ!」

「大丈夫だ、無い、無いから! 早霧はただの幼馴染で、俺の――」

「んー、蓮司のー?」

「おわあっ!?」


 横から馴染みのある可憐な声。朝の澄んだ空気を纏った早霧が、いつの間にか俺の隣で笑っていた。


「おっす、八雲ちゃん。昨日、赤堀と何かあったん?」

「長谷川っ!?」


 お前、いきなりそれは、お前!


「おはよう長谷川くん。ううん、いつも通りだよ。ね、蓮司?」


 焦る俺とは対照的にいつも通りの早霧が俺に微笑む。それだけで胸がドキッとした。


「あ、ああ……」

「え、マジ?」

「マジマジだよ?」

「じゃあお前、何でそんなクマしてんの?」

「……ただ、眠れなくて」

「マジかぁ……ちゃんと寝ろよ?」


 興味を無くした長谷川が自分の席に戻っていく。ガタイが良いのに一番前のど真ん中、後ろの人は黒板見えるんだろうか。


「それで、何の話?」


 しゃがんで俺の席に腕を乗せた早霧が俺を見上げてきた。上目遣い、まさか幼馴染のこんな仕草でドキドキするだなんて……。


「……ね、寝不足でな」

「え、大丈夫?」

「な、なんとか……」

「蓮司が倒れた時は私が助けてあげるよ」

「……そうならないように、善処する」


 普通だ。いつも通りの早霧だ。昨日、あんな事をしたのに変わらない幼馴染だ。

 俺が気にし過ぎなのか? 

 いやでも、キス、したよな……。


『キーンコーンカーンコーン……』


「あ、もう時間だ」

「そ、そうだな……」


 チャイムが鳴り、早霧が立ち上がる。それだけで長い白髪が顔の近くで揺れて、良い匂いが俺の鼻をくすぐった。


「じゃあ親友」

「……え?」


 思わず見上げてしまったが時すでに遅かった。


「また後で、ね?」


 ……また後で? また後でって、何だ!?

 去り際に耳元で囁かれ、そのまま早霧は隣の席に座って。


「……しーっ」


 昨日と同じように、人差し指を唇に当てて微笑んだ。

 また……親友呼びだった。

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