第一章 幼馴染にキスをされた
第1話 「親友なら、良いよね?」
高校二年の夏、放課後。
俺、赤堀 蓮司(あかほり れんじ)は今日も学園近くの公園で幼馴染を待っていた。
大通りから外れた小さな公園のベンチに腰掛け、隣には自販機で買ったぶどうジュースが一つ。
これはいつの間にか習慣化していた時々ある楽しみだ。
習慣なのに時々という塩梅が、程よく自分へのご褒美感があって良い。
「蓮司ー、お待たせー!」
それもこれも、公園の入り口から俺に手を振り近づいてくる白髪の幼馴染、八雲 早霧(やくも さぎり)が美少女すぎてモテるというのが原因だった。
「暑いねぇ。ネクタイ、苦しくないの?」
「規則だからな。むしろお前は緩みすぎだ」
「あ、いつものぶどうジュースだ」
「おい勝手に飲むな」
「学園一の美少女と間接キス、ドキッとした?」
「今さらだろ。早霧と俺は幼馴染なんだし、ほら帰るぞ」
「ぶぅー」
俺から奪ったぶどうジュースを片手に、早霧は唇を尖らせた。
それを横目に歩き出すとすぐに彼女も隣を歩く。
「いつもありがと。私が告白されてるのに、待たせちゃって」
「気にするな。お前も大変なら行かなくても良いんだぞ?」
「せっかく勇気を出して告白してくれてるんだから、誠意を持って断らなきゃ」
断る事が前提の幼馴染だった。
入学から丸一年。早霧は恵まれた容姿と性格からこうして放課後に呼び出されてはその告白を断っている。
「律儀だな」
「蓮司だって、いつも待ってくれてる」
「また倒れられても困るからな」
「それ子供の頃だってばー!」
早霧は昔、身体が弱かった。今も強い訳じゃないが昔はもっと、外に出るだけで倒れてしまうぐらいの病弱だった。
「あげる」
「ん?」
「待っててくれるお礼」
「それ俺のぶどうジュースだろ」
「学園一の美少女が口をつけたぶどうジュースだよ?」
「お前なぁ……」
隣を歩く早霧がぐいっと、プルタブの開いたぶどうジュースを押し付けてくる。
「本当に何の躊躇も無く飲むよね」
「俺のだからな」
間接キスがどうとか。俺とコイツの仲だ。今さら恥ずかしがるような事じゃない。
「蓮司、いっつも待っててくれるけどさ」
「どうした急に?」
「……私が告白を受けて、来なかったらとか考えないの?」
「その時はその時考えるさ」
「え、うわ、なに、それ、ずるっ」
正直考えた事も無かった。だってずっと隣にいるんだから。
「早霧だって、ただ嫌だから告白を断っているんじゃないんだろ?」
「う、そ、そうだけど……」
横で髪をいじいじ。
彼女は優しいから、闇雲に人の好意を無碍にしないのを俺は知っている。
「まあ俺はずっと待ってるさ。コレでも飲んでゆっくりな」
冗談めかして空になった缶を見せびらかすように振ると、底に残った僅かなジュースが音を鳴らした。
「……それって、そういう、こと?」
確かめるかのように彼女は距離を詰めて俺を見上げる。心なしか、顔が赤い。
「ん? ああ、もちろん」
「え、あ、ほ、ほんとに……?」
俺達は言葉にしなくても通じ合える間柄だ。故に改まって、真面目な話になればなるほど緊張する。
だからこそ、俺は早霧に笑いかけた。
「だって、親友だろ?」
「……えっ?」
そう、親友。
お互いの事なら何でも知ってるし言い合える。
親と同格、むしろそれ以上に固い絆で結ばれた友達だ。
「俺達、ずっと親友でいような」
もしかしたら心配になったのかもしれない。
いつも告白を聞く為に俺を待たせているのが、迷惑なんじゃないかって。
「……しん、ゆう?」
「ああ、そうだろ?」
根が優しいから、余計な事まで考えてしまったんだろう。
ははは、可愛い奴め。
「……親友」
ボソッと、早霧が呟いて。
「親友なら、良いよね?」
「ん? ああ、親友なんだから遠慮せずに――」
グイッと、ネクタイが引っ張られて。
カランと、空き缶が地面に落ちた。
「――んっ!」
「――んむっ!?」
唇が、重なる。
まるで時が止まったかのようだった。
目の前に、ギュッと目を閉じた早霧の顔。長い睫毛、閉じられた瞳。
触れ合った唇から柔らかさと暖かさ、それから震えが伝わってくる。
キス。
ぶつかり合うような、勢いに任せたキス。
俺の、初めての――。
「……ぶどうの味」
「……え、は? なぁっ!?」
ゆっくりと俺から遠ざかった早霧が、何事も無かったかのように笑った。
「んー、どうしたの?」
「いや、お前! い、今っ!?」
焦る俺を、愉快そうに覗き込むように見上げてくる早霧の、薄桃色の唇をどうしても見てしまう。
「親友なんだから……キスぐらい、普通だよね?」
その唇を隠すようにそっと立てた人差し指の先端が触れて。まるで、内緒だよの仕草。それだけでドキッとしてしまう。
「ふふっ、親友。また明日、ね?」
ニッコリと満面の笑みを浮かべて彼女は……親友は走り去ってしまった。
手を伸ばす事も、呼び止める事も出来なくて。
ただ俺は、さっきまでの唇の感触と、見慣れていた筈の笑顔に心を奪われていた。
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