ねえ親友。今日もキス、しよっか?

ゆめいげつ

プロローグ

「ねえ親友。今日もキス、しよっか?」

「ねえ親友。今日もキス、しよっか?」


 制服のネクタイを強く引っ張りながら、彼女は俺の顔を見上げてきた。

 

 彼女の名前は八雲 早霧(やくも さぎり)。高校二年生の女の子だ。そして何を隠そう俺、赤堀 蓮司(あかほり れんじ)の昔からの幼馴染で親友と呼べる唯一無二の存在である。


「あれ、ひょっとしてまだ緊張してる?」

 

 そう言って俺の親友は微笑んだ。その笑みは間違いなく全世界の男子をドキッとさせる破壊力を持っている。

 早霧はモテる。とにかくモテる。学園一の美少女と呼ばれているぐらいにはモテている。


「そんなに見つめられると照れちゃうなあ」


 生まれつき色素が薄いその長い髪を指で弄る姿も様になっている。それに加えて、儚げな瞳、ほんのり薄桃色の唇、病弱な程に色白の肌が組み合わさって最強の美少女っぷり。

 しかもそれで終わらずにスタイルも良い、凄く良い。

 背が高くて、足も長くて、くびれがあって、胸も大きかった。


「あ、今エッチな事考えてたでしょ?」


 そして極めつけはその性格だ。

 物静かで神秘的な印象を持つ幼馴染だがそうでもない。むしろ喋る方、おしゃべり大好き、それはもうすっごい喋る。冗談とか大好きだしくだらないシモネタにも寛容で、ユーモアがあり誰とでも仲良くなれる奴だった。

 初対面の人のほとんどに喋ってみたら意外と……なんてギャップを生む天性の魔性っぷりを無意識で発揮するのが俺の幼馴染である。


「親友だもん。それぐらい分かるよ」


 これでモテない訳が無い。

 まるで妖精のように恵まれた容姿で、遠目からだと神秘的な存在に見えてしまうのに、近づいて話してみれば気負わずに喋れるような楽しい存在……ともなれば学園一の美少女と呼ばれるのも納得だ。幼馴染……いや、親友として俺も鼻が高い。


「それで、返事は?」


 そして、そんな美少女の顔が俺の目の前にあった。

 グイっと近づく美貌は子供の頃から慣れ親しんだものであるが、見れば見る程に意識してしまうようになった。いや、されてしまったと言った方が正しいだろうな。


「顔、真っ赤だよ。親友?」


 早霧は俺の事を、親友と呼ぶ。

 いくら俺の心臓が高鳴ったところで、これは彼女にとってはただの予告であり準備運動にも満たない。


「親友の照れてる顔、可愛いね」


 何故なら本番はこれからだからだ。


「勘弁してくれ……」


 ようやく俺が口に出せた言葉は、降参の白旗。


「……親友の顔見てたら、我慢できなくなっちゃった」


 そう、親友。

 俺と早霧は、親友だ。

  

「もう、良いよね?」


 目と目で見つめ合って、もう完全に覚えたであろう俺の唇の位置を確認してから、早霧はそっと目を閉じた。

 身長は俺の方が高い。背伸びをしてやっと届く距離を縮める為に、ネクタイが引っ張られて。


「――んっ」


 キス。

 唇と唇が、触れるだけ。

 それが放課後の教室で行なわれている。


 俺は早霧が好きだ。好きになってしまった。

 でも彼女は俺の事を、親友としか見てくれない。

 なのに毎日キスをする。

 何故なら、親友だから。


 どうしてこんな事になってしまったんだろうか?

 そうあれは、夏の暑い日……なんて、ありきたりな言葉から始まる。

 親友だと思っていた幼馴染と、『親友』になってしまったあの日から始まった、変わらないけど変わってしまった……歪な関係。


 それが、親友。


「……ねえ親友。もう一回、しよっか?」


 そして今日も、俺と親友はキスをする。

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