16 忘却

〈前回から約2ヶ月後、真冬・早朝〉

いつだろうか。僕には何か特別で大事なことがあったはずでは。曖昧で思い出せない。ベットから起き上がってずっと思い出そうとする。「えーっと。あれー?何だっけ?」全く思い出せない。僕が今こうして何か思い出そうと気がついたのは、昨日の夜のことだ。


〈10時間前〉

父さんと母さんは仕事が休みで2泊3日の旅行に出かけていた。僕は仕事を終えて家に一人帰って、一人夕食を取る。帰りで買ったコンビニのカツ丼を食べた。シャワーを浴びて歯を磨いて少し読書する。前に図書館で貸し出した小説だ。数十ページ読んで寝る準備に取り掛かる。「さて、寝るかあー。」明日、明後日は仕事がない。明日は半年ぶりに◻︎◻︎市に車で寄って単独で買い物や映画だ!早く〇〇の謎みたいなぁ。楽しみだ!電気を消していざ、ベットで眠る。目を瞑って20秒しただろうか?何か音がする。川の流れる音?風が弱く吹いてる。外?目を開くと、僕は橋に寝ていた。「あれ!何じゃここ!?」すぐさま起き上がって立つ。周りは白い霧で覆われて空は曇り。不思議な朝?みたいだ。「というか。この橋は、僕が出勤中に渡っている場所だ。」周りを見渡すが人はいない。「しかし、懐かしい感じがする。」『待ってましたよ。rさん。』いっ。びっくりした。突然甲高い声が聞こえる。「え?何で僕の名前を?ていうか誰ですか?あとどこにいるんですか?」『私は北条流菜。以前あなたに助けを求めた地縛霊です。あと私はここにいますよ。』地縛霊?目の前の橋の数メートル奥に女性が立っていた。うおっ!さっきはいなかったはずなのに。「えっと、ルナさん?失礼ですが、もしかしてあなたはもうこの世に居ないんですか?その、地縛霊だから?」いきなりまずいこと聞いたかなぁ?『はい。先ほどおっしゃっていましたように、私は地縛霊です。そして、以前あなたと面識があります。』え?そうなのか?目を細めて疑う。「まあ、不思議と怖くないから多分ルナさんと会っていたとは思いますね。」多分。ん?遠くだから最初はよく見えなかったが、歩いて近づくと顔に白い布が被っていた。刹那、以前会っていた時のルナさんの過去の話を聞いていた場面が甦る。「あ、流菜さん?北条流菜さん?あのマナさんに助けられた者の。」『はい。私を地縛霊から助けてあげて下さい。』そうだ!思い出してきた!「そう、でしたね。流菜さんが生前何があったかまでは思い出しました。でも、何で助けなきゃいけないんですか?」『え?それは私がおそらく何者かに地縛霊になったから。それを聞いてあなたが助けてあげると善意で…。』え、そうなの?「え、え?僕が善意で?幽霊を?んー。金縛りにあったせいで最初は多くの幽霊が見えるようになりました。今はあなただけしか見えないですが。確かに北条さんの過去は悲痛だったし、事故操作されたことは可哀想で同情します。でも、なぜ僕があなたを地縛霊から解放すべきか理解できません。」『っ。そんな。rさんは優しい人だったのではないんですか?仕事をしながら合間を縫って調べてくれると、そうおっしゃっていましたじゃないですか。』「はぁ。僕ってそんなに思いやりのある人だったんですか?プッハハ。まさか。」『あ、あっ。もっと思い出してください!rさん!メイおばさんにマナさん。フランスに行ったことや監禁されていたこと。あなたはものすごく他人を気にする人でしたよ!』「なるほど。ちなみに北条さんは幽霊なんですよね。それなら僕は助ける必要はないです。」『そんな。何を言って。』「幽霊って生きてる人と違って社会に離れて友達や親もいらない。何も苦痛を感じない。でしょ?だから助ける必要はないんです。それにあなたは中学からは幸せに何事もなく過ごせました。それで満足じゃないですか。平凡が実は一番幸せだと言いますし。」沈黙が 10秒ほど続いた。『ふっ。ゔっ。うっ。うぐっ。えぐっ。どうして?rさんはそんな人ではなかったはずです!』「いや。同じ生きてる人間だったら当然助けたり役立てようとします。でも、幽霊はちょっと違いますね。変に現世との境界線のリスクかけたくないですし。」…。『そうですか。では帰って下さい。気持ちが通じ合ってないと私達は対面できません。なので、この橋に渡っても今後二度と会わないでしょう。……残念です。さようなら。』霧が晴れていく。眩しい。目が覚める。


〈現在・真冬・早朝〉

そうして今に至る。何だか悪いことをした気がする。「えーっと。あれー?何だっけ?」僕はとても重要なこと、自分の信念みたいなものがあったはずだ。形にならず曖昧で思い出せない。僕は確かに何もない。趣味も、勉強も、特技もない。対して続かない。大学を中退して地元で就職した。でも、なんで僕は今こんなに平凡で幸せなんだっけ?北条さんはどうして僕に固執するんだ?何でだ?どうして?きっかけかはあったのか?偶然?必然?運?訳がわからない。後悔もあり前進したような後退したような。それとも永続的に停滞してるのか。まぁ、いいか。ベットから起き上がっていつものように歯を磨く。その時ふと思う。誰かに特別で大事なものを奪われたような。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る