5 偶然運命

会社に着き、事務の自分の席に座り、いつも通りの業務に徹する。

なわけない。あまりの非現実的な出来事に僕は動揺と疑問が頭を渦巻いた。今日朝起きて家に出て沢山の幽霊がいた。さらに川で霊界へ一時的に入って北条さんと話をした。そして、北条さんを地縛霊にした犯人を現世か霊界で明らかにする。「ハハハ。幻覚や幻聴でもないよな。頭がどうかしてたのかなぁ。」自分の頭を抱えて思わず言葉を発する。笑いが少し込み上げる。「どうかしてる。」僕なんて何も趣味もない人間なのに何で助けを求めたんだよ。不思議と嬉しさもある。これまで他人に助けられてばっかりで自分に対して自信がなかった。頼られたこともあまりなかった僕にとって最高のミッションだ。とにかくさっきの出来事を忘れないうちにメモして、仕事をしよう。

午前の事務作業が終わり、個人各々昼休憩に入る。一人机で昨日スーパーで買った肉と野菜の入った惣菜パンを袋から開ける。何だか朝からあんなことあったから疲れるなぁ。惣菜パンを食べながら朝起こった内容をメモした紙を見直し思い出す。川が霊界に関係するのはよく聞くし、実際黄泉への道だったとは知らなかった。しかし、北条さんの話し方や雰囲気からして現代的な人だと思う。だとすると亡くなった期日から古くても10年前から20年前だろうか?年齢も僕と近い20代前半だろう。何者からか地縛霊にされて現在黄泉に帰れず困っているのか。一体誰が北条さんを地縛霊にしたんだ?とにかく帰りにあの橋と周辺の川を調べてみるか。休憩が終わり午後の勤務に当たる。

今日は家具の配送を1件だけすることになった。隣町まで行くことになり、荷物を社用車に入れて黙々と運送する。今回の運送は、2階建ての1軒家を構えた80代のお婆さんが住んでいる。椅子が長年使用していた椅子が劣化してきたため新しいのに買い替えたいことから依頼がきた。これまで何回かほかの従業員が担当しており、今回僕はそのお婆さんを初めて担当する。普通に優しい人だそうだ。

依頼された住宅に到着し、ドアのインターホンを鳴らす。○○家具のrです。ドアが開き、お婆さんと対面する。「あら、こんにちは。」「こんにちは。新しいソファ届けに来ました。」ちなみに古い椅子の撤去や買い替えの支払いは1週間前に同じ会社の先輩がやってくれた。「わざわざありがとうねえ。」「いえいえ。早速椅子の方持ってきますね。」社用車から新しい椅子を降ろしてそのまま家の1階リビングに運び設置する。設置し終えると向こうから差し入れとして箱包みのようかんやチョコを貰った。「あっ、ありがとうございます。」「いいのいいの。それにしても若いし優しいねぇ。彼女が今も生きていたらあなたと気が合っていたと思うわ。」「何というか…、気の毒ですね。ちなみに彼女というのはお孫さんですか?」「ええ、2年前事故で亡くなったの。」「なんて名前なんですか?」「ルナって言うの。」ルナ!?聞いた瞬間、表情が笑顔から驚く顔になったのが自分でもわかる。「あら?もしかして流菜ちゃんと知り合いだった?」「あー、まあ、そんな感じですね。少しですが。」まさかこのお婆さんの孫が北条流菜だったとは………。ましてや2年前に事故で亡くなっていたとは知らなかった。「流菜ちゃんと付き合ってくれてありがとうねぇ。流菜ちゃんは優しいけど極度の人見知りと人間不信だったから普段まったく友達がいなかったのよ。」「そうなんですね。」「それに人間不信になったのも、彼女が小学校を卒業するまで両親から虐待を受けていたのよ。」「そこまでは知らなかったです。ん?小学校を卒業してから両親への虐待はされなくなったんですか?」「そこは私がたまたま流菜ちゃんの自宅に寄って気づいて助けたんだよ。昔から娘とは不仲で絶縁状態だったから気づくのが遅かった。娘と父方は逮捕されて刑務所にいるわ。だから中学から流菜ちゃんを引き取って住ませたわ。」「なるほど。」「ただ2年前の冬、流菜ちゃんの仕事が終わって私に帰る連絡をくれた後、帰り道で車を運転していて、たまたま滑って橋から車ごと転落したの。川が凍っていて深く沈むことなく、すぐ様消防士に救助されて搬送したけど搬送中に亡くなったわ。」「悔しいですが……お気の毒に。」なんてことだ。両親から虐待も受けていて、やっと助かったはずなのに、若くして死ぬなんて。しかも霊になった北条さんは今、亡くなった時と共通点のある川で地縛霊にされて助けを求めている。こんなの可哀想だ。「暗い話になってすまんね。帰る前によければ流菜ちゃんに線香でもあげてください。」「はい。」

そうしてリビングの横にある部屋へ案内されて彼女の写真が置かれた仏壇があった。正座で座り目の前の写真を見て初めて彼女の顔を見た。前は顔が白い布で被っていてわからなかったから気づいた。綺麗な顔立ちだった。目は二重で鼻も高く小顔だ。美人ではある。マッチを取り線香をあげて鳴らし手を合わせて黙祷する。その瞬間体が温まり軽くなった気がした。気づいてくれたんだろうか。こうしてお婆さんと流菜の家を出て再び社用車に乗る。外はオレンジと青が混ざり合う時間だった。会社に戻るよう運転する。いきなり知ったにしてはどこか偶然で運命的だ。

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