第32話


俺と留依はソングバードさんの実体に個人用の耐衝撃シールドを装着する。

ソングバードさんの実体は採掘現場仕様のため防護服を着用しなくても十分なシールド機能と堅牢性を持っているため直に着用で良い。


装着を進めている間に闇姫が俺たちの作業の手伝いを申し出てくれたのはありがたいのだが、実の所この世界の技術的な常識と俺たちの世界の常識がどれだけ共通しているのか分からない状態では安易に任せる事は出来ない。


とはいえ、ソングバードさんの実体が持つ強力な作業能力を遊ばせておくのは勿体ない。

イマイチ挙動に信用をし切る事ができない闇姫にどんな作業をしてもらおうかと迷っていると……。


「わたくしの”能力”も役に立つと思いますわよ?この体の機能を使わない、わたくしの能力なら制御も問題ないと思うのですけど、いかが?」

「能力?」

「ええ、わたくしの名前通りの闇の力ですのよ?拘束とか破壊とかが得意なのですけど。」


そう言うと闇姫はその一端を見せてきた。


ソングバードさんの実体の、恐らく事故の時にできた傷の辺りから”闇”があふれ出す。

煙のような”闇”がその傷の部分から床へと流れていく。


「明るいところだとすぐに霧散してしまうのでこの様にただの霧みたいになってしまうのですけど。」


一瞬ソングバードさんの実体に不具合が生じて煙が出て来たのかと思ったのだがそうでは無いらしい。

闇姫は実際流れ出した”闇”を操りビュン!と勢いよく伸ばしたり、輪を作ったりしている。

動かしている間にも”闇”は煙のように徐々に薄くなっていっている。


これが闇姫の”能力”という事のようだ。


「陰などの暗いところなら暗いほどわたくしの力は強力になりますわ。いかが?」


いかが?

と言われてもこんな魔法のような”能力”は今まで聞いたこともない。


「魔法……?」


留依が思わずつぶやくと留依の言葉に闇姫は解説を加える。


「正確には魔法とは違いますわ。どちらかといえば”属性”かしらね?」

「魔法も、あると?」

「ええ、まだ比較的新しい技術で発展途上のもののようですけれど。」


俺たちが伝説として知っている”地球”とは大分違っているようだ。

こうして実際にその”能力”を見ても自分の中で完全に理解を消化出来てはいないが、これなら何かしら手伝ってもらえる事はありそうだ。


「わかりました。闇姫様には何かしら手伝っていただきますので、俺たちと一緒に行動をお願いします。」


こうして耐衝撃シールドを装着した俺たちは行動を開始する。

通津、瑠亜、育波はそれぞれ小型船などを使い司令部の示す推進器へと向かい”暴走”の設定をする予定だ。


俺たちの今居る推進器を除けば5つの推進器を”暴走”させる必要がある。

通津、瑠亜には2つずつ、育波少尉は1つの推進器の設定を割り振った。

育波少尉は初めてする作業なので1つだけ。

残りの二人は2度目なので多少は慣れているはず。

しかも3人共分野は違えどエンジニアだしな。


暴走設定をする推進器はどれも今の場所からおおよそ同じくらい離れた場所にある。

というのも今いるこの場所の推進器がほぼ資源衛星の中央部に位置しているからだ。

そのそも3番艦の真下にあった推進器なので当然と言えば当然なのだが。


「それではみんなよろしく頼む。」

「まかせろ!」

「了解です。」

「行ってくるっスよ!」

「ミカミも同時に4カ所の管理は大変だと思うが、しっかりサポートしてやってくれ。」

「畏まりました。ワタクシの本領発揮という事です。お任せください。」


こうして3人を送り出し、俺と留依、闇姫は一部破損している推進器の補強を開始する。

専門AIからの指示がヘルメット内のモニタに映し出され、その指示の通りに補強材を取り付けていく。

資源衛星の回転もほぼ止まり、俺たちの居る場所も移民艦の方角的には南側からずっと恒星の光が当たり続けている。


「やっぱり作業は楽になりましたね!」


作業をしながら留依が嬉しそうに言う。


「だなぁ、吹き飛ばされる心配が減っただけでかなり違うな。」


回転が収まったおかげで以前よりも作業は楽になっている。

何より吹き飛ばされる可能性が格段に低くなったのだ。


闇姫は物理的な命綱を付けてとりあえずは歩く訓練をしている。


一応資源衛星の表面にも重力制御によって重力は発生しているが資源衛星の内部よりはずっとその重力量は小さくまた、重力の無い場所もある。

このため全く訓練の経験もなく、さらにはソングバードの実体の機能も使えていない闇姫ではこの訓練をしない事には漂流することになってしまう。


「わたくし、いつまでこうしていれば良いのですの?」


闇姫はふよふよと辺りを漂いなんとか体勢を整えようと頑張っているようだがうまくいっていないようだ。


「しっかりと地面に足を付けて動けるようになるまでです。」


そう答えるも、闇姫は不満そうだ。


「”闇”を使えば問題ないのだと思うのですけど?」


彼女の能力は使わないようにしてもらっている。

何故ならあくまでこれは彼女が宇宙空間での挙動を掴むための訓練だからだ。


「基礎は大切なので頑張ってください。」

「ああ!また地面から離れてしまいます!」


資源衛星自体の進行方向は俺たちにとっての足元に向かって進んでいる。

このため重力制御が無い場面での壁面歩行の基礎ができていないと徐々に浮いていってしまう。

闇姫は命綱を手繰り寄せ地面に立ち歩き出そうとしてまた浮き始めるという事を繰り返している。


何かを手伝ってもらう以前の問題だったことは完全に想定外だった。

とはいえ、人手が足りないのも確かだ。

幸い彼女の”能力”は多少離れていても使えるらしいので必要なときはその場で使ってもらう事にしよう。


推進器の補強が終わる。

計算上は問題ない強度になったはずで、次はこの推進器を暴走させるための改造をすることになる。


実の所この推進器に関してはそれほど”暴走”させるのは難しくない。

推進器のいくつかが破損した際に安全装置もまた一緒に破損している。

もちろん安全装置は複数あるので全て破損したわけではない。

だが、残りの安全装置に関しても破損したまま推進器を稼働させるために無効化しているのだ。


残りの作業はソフト面、中央事務室での監視のみだ。

そちらも今は専門のAI達が担っていて……先ほど完了という報告を得た。


「皆さん制御室へ退避をお願いいたします。これから動作試験を行います。」


ミカミが動作試験の始まりを告げ、俺たちは推進器の制御室へと移動し推進器の様子を見守る。

推進器は徐々に出力を上げ、振動と発光が増す。


「現在の所問題なく稼働しております。これ以上推進力を上げるには他の推進器との連動を確保してからになります。」

「育波少尉たちの設定待ちか。」

「ハイ。そして彼女らの作業も今のところは順調です。」

「2番艦の方は?」

「順調に破断したコリドールとの距離は開いてきており、安全度は高まっております。」

「そうか、それはなにより。あとはこの資源衛星の加速が成れば良い、と。」

「ハイ。そのようになります。」


そんな話をしている突然の衝撃に制御室が揺れる。


「何が起きた?!」


慌てて推進器の状態を映しているモニタを見ると先ほどよりも推進器が斜めになっている。

その差は小さなものではあったが、とても嫌な予感がする。


「小さな振動が続いているみたいです!」


真空中は音が伝わらないため床に手を当てて小さな振動も捉えようと留依が床に手をついている。


「何らかの衝撃が加わったようです。現在原因の特定をしております。」


ミカミや現在推進器を制御しているAI達も原因を探っているようだ。


「資源衛星内の通路の照明って落とせますの?」


不意に闇姫が尋ねてきた。


「照明を?できるとは思うが……何故ですか?」

「わたくしの”闇”で探ってみようと思いますの。」

「闇姫様の能力ですよね?拘束や破壊以外にもそんなこ事ができるのですか?!」

「ええ、わたくしの能力はとても便利ですのよ?」

「それではやってもらおうか。ミカミ照明は落とせるんだろ?やってみてくれ。」

「承知いたしました。”能力”というのは便利なものなのですね。」


ミカミが答えると早速通路内の照明が落ちる。

現在資源衛星内には誰も居ないはずなので特に問題もないだろう。


暗くなったのを確認した闇姫は腕の傷から霧のような煙のような”闇”を出し通路内へと腕を伸ばすとその”闇”が勢いよく通路内を進んでいく。

制御室から漏れ出た照明で照らされた先を見ることはできなかったがそれでもかなりの速度で進んでいるのは分かった。


「あの”闇”はわたくしの能力であると同時にわたくし自身でもあるの。だから”闇”があるところはわたくし自身も知覚できるのよ。」


闇姫は目を瞑り腕を伸ばし続ける。

腕からはどんどん闇があふれ出ては通路の奥へと伸びていく。


現実離れしたその光景は俺と留依にとって闇姫が本当に別の世界の人間であることを実感させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る