第28話
恐らく通信が途切れたことで留依は様子を見に来たと思われる。
おりしも俺のヘルメットは破損し、俺の方も”懸かり”をし、肉体が大きく変化、滅茶苦茶に手足をぶん回しているソングバードさんの実体を見て留依は俺と闇姫が対峙していると判断したのだろう。
全力で闇姫に体当たりをして吹き飛ばした留依はハァハァと肩で息をし、吹き飛ばされた闇姫もしばし動けない様子で、両者のシールドが再構築されていっている。
「あなたは何をしているのです!不敬です!」
そうソングバードさんの実体に向け言い放つ留依はこれまでの印象とはかなり違っていた。
そこでようやく我に返った俺は留依に近づき、声をかける。
「留依!落ち着け!」
「あぁ!伶旺様!お怪我はありませんか?あっつ!」
留依は一瞬左肩を庇うような仕草をするも、近寄った俺のヘルメットの破損した部分を心配げに右手で撫でながら心配してくれた。
「俺は大丈夫だ。それよりも留依の方こそ、左肩を怪我したんじゃないか?」
そうなのだ、ソングバードさんの実体は右手に壊れたシールドカッターを持っていた。
先ほど留依が体当たりした時に恐らく左肩に傷を負ったのではないか?
俺は留依の体をざっと見てみる。
留依の防護服の左肩辺り以外には傷らしいモノは見えなかった。
「左肩だけか?痛みはあるか?」
「え?あ、今は特には……。」
「バイタルに何か表示は?」
「えっと……、あれ?出血って……。てっきり体当たりした時にちょっとおかしくしただけかと思ったのですけど……。」
留依本人は気づいていなかったらしい。
本人が思っていた以上に怪我が大きくて驚いている。
「すぐに防護服の治療が始まるはずだから落ち着くんだ。」
「……は、はい、止血完了の表示が……あれ?左腕が動かない?」
「そのまま無理に動かさないようにな。防護服が治療のために動かないようにしている状態だからな。」
「わかりました……。でもどうして?」
何故怪我をしたのか留依は不思議そうにしている。
後で詳しく説明すると留依には伝え、ひとまず闇姫の方に目をやる。
どうやら先ほどの留依による体当たりで懸念だったシールドカッターはソングバードさんの実体から離れたようだ。
元々壊れていたところに先ほどの衝撃で完全に破損したようで闇姫の近くにその残骸が機能を停止して転がっていた。
シールドカッターさえなければもう懸念材料はない。
俺の防護服はヘルメットが少々破損しているものの、シールド自体は張られているので問題ないだろう。
とはいえ、闇姫を運ぶにあたって万全を期すためにはやはりヘルメットは破損していないものを使いたいな。
「留依、この辺りにシェルターは無いか?ヘルメットを破損していないものにしたんだ。」
「調べてみます……あ、すぐ近くにありますね。あたしが取ってきます!」
防護服の地図を確認した留依はそう言うが早いかもう走り出していた。
左腕が動かせないせいで多少ぎこちなかったが。
「あな、た、もしか、して…えらい…ひと?」
床に倒れたままの闇姫が聞いてくる。
「まぁ、ね。こう見えて皇族なんだ。」
「あら、わたくし、とおなじ…かし、ら。姫、となのったのに、なれなれ…しい、からしつれいな、かた、だと、おもっていた、の…だけど、そうで、も、なかった…のね。」
「姫がわざわざこんな所に居るとは思わなかったんですよ。」
「ふ、ふ、こと、ば、づかいがていねいに、なったわ、ね?」
「今後の事を考えると友好的でありたいですからね。」
「そう、ね。なか良く、いきたい…わね。ついでに、だけれど、おこして、くれると…嬉しい、わ。」
「もう少し待ってください。破損していないヘルメットを持ってきてもらっているので。」
闇姫と話をしていると留依が新品のヘルメットを持ってきてくれた。
「伶旺様、どうぞこちらを。」
「ありがとう。」
そう言ってまずは破損したヘルメットを脱ぐ。
もう長い間ヘルメットを被ったままだった気がする。
行動無いとは言え、坑道内に流れるになびく俺のたてがみが気持ちいい。
”懸かり”状態になると全身の毛量が増えるから当然頭ももさもさだ。
ヘルメットの後頭部あたりにあるコア部分を抜き出す。
脱いだヘルメットは床に置き、新しいヘルメットを留依から受け取りコア部分をはめ込む。
これでこのヘルメットでも俺の個人設定が適用される。
「あなた、獣人、だった……のね。」
「じゅうじん?普通に人ですが。」
「伶旺様は”
留依が諭すように闇姫に向かって話す。
留依には闇姫に関する説明をしていないため、ソングバードさんの中身が現地人であることを彼女右派知らない。
そのため未だ警戒をしている留依が怪訝に思いながらも説明をする。
「”懸かり”の逆です。伶旺様は普通の人と逆に
「かか、り?」
「AIなのに知らないのですか?」
「つま、り、その毛だらけ、が、あなた方、の、本来の姿、ということ、かしら?それから、わたくし、は、AIでは、ないわ。」
「え?」
なんだか分からないという感じで留依は俺の方を見る。
「ああ、どういう事か分からないが実体AIの中にウィリデの住民が憑依しているらしい。」
「そ、そんな事あり得るのですか?」
「俺もよく分からないがこれまでの反応からは事実だと思う。」
「あり、えるのよ。わたくしはそうした”力”を、持って、いるの。」
話しながら新調したヘルメットを被る。
闇姫の”力”というものがどんなものか気になったがそれを尋ねる前にミカミから通信が入った。
「伶旺様!ご無事ですか!」
「ああ、心配かけた。大丈夫だ。」
「音標留依さんからもその後通信がありませんでしたので心配しておりました。」
「留依は左肩を負傷して防護服で治療中だが、ひとまず大丈夫そうだ。」
「こちらでも確認いたしました。どうかお二方ともご安全にお帰りください。」
「ああ、ありがとう。ソングバードさんの実体の方も回収したが……、こちらの方は移動しながら説明する。」
そうして未だ時折不安定な挙動をしている闇姫の”攻撃”をいなしながら抱きかかえ、動けないよう拘束する。
それは丁度横抱き、お姫様抱っこのような形で手足が動かないようにしつつする。
とはいえ、最初の頃よりも滅茶苦茶な動きは減りつつあり拘束自体はかなり楽になった。
闇姫の言葉もスムーズになってきているし、実体の操作も慣れてきているという事だろうか。
そして……なんだろうちょっと留依の機嫌が悪くなった気がする。
ともあれこれでようやく推進器の修正に向かう事ができる。
負傷している留依を気遣いつつ可能な限り急いで修正する推進器へと向かう。
道すがらこれまでの事を留依やミカミに説明する。
そして闇姫の事を聞いていく。
彼女自身の事を聞く前に俺たちにとって非常に大きな爆弾発言が投下された。
「……地球?」
「そう、あなた方、が、ウィリデと呼んで、いる、あの、惑星は地球と、いうの。」
思わず俺も留依もその歩みを止め、立ち尽くしてしまった。
ミカミですら言葉を失いしばらく沈黙してしまったほどだ。
「それが本当であるのなら、大変な事です!早速上皇陛下へ確認をしてまいります!」
ミカミがAIらしからぬ焦燥を見せ上皇陛下へ確認を取りに行く。
そうなのだ。
我々にとって”地球”という名は非常に大きな意味を持つ。
上皇陛下は黒毛と呼ばれる生まれた時から真っ黒の毛色を持つ特別な方だ。
逆懸かりとは比べることができない程の特別なのだ。
黒毛の人物は50年から100年に1人生まれる。
そして黒毛の人物は全員”前世の記憶”をもって生まれてくるのだ。
そう、そしてその”前世の記憶”の源泉が”地球”なのだ。
俺たちの歴史は文化や科学技術に限らずあらゆる分野においてこの”地球”産の知識によって高度に発達してきたのだ。
ようやく衝撃から立ち直り、推進器へ向けて移動しながら簡単にその事を闇姫に説明する。
「なるほど、衝撃、的な、話、なのですね。」
「え、ええ……。俺たちにとっては伝説ですからね。」
「それなら、はなしが、早いわ、ね。姿は、全然、違うみたい、だけれど。」
「ええ、つながりのある”異世界”、あるいは少しずれた”世界線”といった感じでしょうかね?言葉も含めた共通認識があるのは幸いでしょう。」
「そう、ね。でも……わたくし、達、にはあなた方の、ような科学技術、はないのよ?簡単、に、宇宙になん、て、行けないもの。」
「一方通行なのでしょうか?」
「どうか、しら、あなた方、の世界の魔術、の進歩、は、どの程度、なの、かしら?」
……魔術?
ちょっと待ってほしい。
俺たちの世界には魔術なんてものは存在しない。
もしかしたら俺たちの知っている”地球”とはまた違う世界線の”地球”なのかもしれない。
「俺たちの世界には魔術は存在しません。」
「え?!」
闇姫が意外そうに言葉に詰まる。
少し考えるそぶりを見せ闇姫が地球の魔術について語り始めた。
「……そう、ね。もしか、した、ら、あなた方、の世界、で前世の、記憶をもって、いる方々、は、今より、も昔の、方だけなの、かも、しれないわ。ね?魔術が、体系、化、され、表に、出て来た、のは、ここ10年、程、だもの。」
「魔術は最近出て来たという事ですか?」
「以前から、あったこと、は、あった、らしいの、けれど、本当に、一握り、の、集団が、持っていた、技術だった、のよ。」
それならば納得できるかもしれないが……過去にはそう、重力制御の基礎知識をもった黒毛が居たくらいだ。
重力制御ができれば容易に宇宙にまで進出できるが、地球では宇宙への進出は出来ていない。
今の時間よりも未来の時間から俺たちの世界へ知識を持って生まれてきていた人物も居たことになるが、その未来で魔術が盛隆しているならその知識も伝わってきていても良いはずだ。
しかし、これらの事は今ここで結論は出せない事だろうし、お互いに専門家を交えて少しずつ進めていく事になるだろう。
そこへミカミが上皇陛下の返答をもって帰って来た。
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