第26話


通津と別れた俺はひたすらに資源衛星内の坑道を走る。

中央事務室までは距離があるので時間がかかるが今回は”横穴”は使わない。

”横穴”に詳しい通津が居ない以上、迷った場合には余計に時間がかかってしまうからだ。

ナビゲートリンクにはあくまで地図に載っている部分のみでルート設定されている。


資源衛星の地表面を走れば迷う事は少なくなるだろうが坑道内を通るよりも遠回りになる上、デブリや重力制御の無い部分もあり危険度が段違いに高いのだ。


『伶旺様。』


移動していると留依から通信が入って来た。


『私が今いるここから修正する推進器まで近いので先に行って状態の確認だけでもしようと思うのですが。』


大きく破損した部分の近くだったこともあって複数人で行くべきかと思い俺が到着するまで待ってもらおうと思っていたのだが……。


「ミカミ、大丈夫そうか?」

「ワタクシがしっかりサポートしますので十分に用心すれば大丈夫かと思います。」


なるほど、時間も節約できるし、行ってもらう事にしよう。


「それじゃ、行ってもらおう。ミカミにはしっかりサポートしてもらうけど、留依も絶対に無理をせず、慎重にな。」

『わかりました。見るだけにします。』


俺も中央事務室ではなく、直接推進器の所へ向かう事にしよう。


しばらく坑道内を進み、移動しながら時折ミカミに全体の進捗と留依の様子を知らせてもらうがそれぞれ皆は順調に推移しているようだ。


留依が推進器の様子をチェックしたことで1番艦のAIがその修正計画を立て、今の所手の空いている育波が必要な機材や資材のリストアップをし、留依が揃えている。

これなら俺が到着したらすぐに推進器の修正に入れるな。


こうして中央事務室までの中間点を通過したあたりでミカミから報告が入る。


「伶旺様、どうやらこの近くで避難できなかった実体AIがいるようです。1番艦のAIチームが発見しました。ソングバードさんであると思われます。」

「そうか!見つかったなら良かった!状態は?」

「意識はなく坑道内で倒れているそうです。通信にも反応しませんのでワタクシや1番艦2番艦のAIが陥っていた症状と同様の状態でしょうね。」


避難できなかったAIが居たこと自体は知っていたがそれがソングバードさんだったとは。

実体AIは俺たちのように防護服を着用しない。

特に資源衛星などを主な活動場所にするようなAIは実体自体に高度な防護機能を持たせている。

なので鳥のような実体を持つソングバードさんは見た瞬間に判別できるはずだ。


彼女の意識はないが、3番艦と共に消えてしまった人員を除けばこれで全員救助できる形にはなるな。


「よし、それではソングバードさんの場所へとルートの変更をしてくれ。」

「かしこまりました。作業中に意識が無くなったようで現場は荒れているのでお気をつけください。」

「了解だ。」


しばらく走り、ソングバードさんの倒れている場所に近づくと岩石や作業機械が散乱していた。

散乱というか、大惨事に見える。

作業中に急にAIの活動が停止すればたしかにこうなるかもしれないな。


作業員たちにかなり慕われていたソングバードさんが放置され、作業員が退避してしまったのも恐らくそういった混乱があったからだろう。

実際その混乱が大きかったであろう証拠に重力制御が弱い場所があるらしく小さい岩石が不規則な動きで漂っている場所が見受けられる。


それら小さい岩石は防護服のシールド頼みで無視をしつつ、作業機械や巨大な岩石などに注意しつつソングバードさんの倒れている場所を目指す。


周辺は倒れた作業機械や、掘削された岩石に潰されたと思われる大きくひしゃげた作業機械があった。


ナビゲートリンク通り進むとソングバードさんは掘削された岩石とその岩石にもたれかかるように倒れている作業機械の中ほど、機械のデッキの所で手すりに引っかかる形で倒れていたのだが……。

一見すると簡単に運び出せそうな状態ではあったが、周囲に漂っている沢山の小さい岩石の動きを見ると近づくだけで重力が不安定であることが見て取れた。


「まいったな。下手に近くに行くだけで俺諸共倒壊の下敷きになりそうだな。」

「ハイ、実際に現在周辺の重力状態の情報分析をしておりますが、ソングバードさんをの近くへ行くだけでかなり危険だと思われます。」

「他のAI達の意見は?」

「現在検討中です。」


通常こうした救助活動で一人で行動することはないだろうからノウハウも無いのだろうな。

AI達ですら中々解決策が出ない程厳しい状況という事だ。


「俺がもたれかかってる作業機械を運び出してからっていうのはどうだ?」

「どうやらそれだと岩石の方が崩落するようです。崩れる岩石の挙動の予測ができませんし、重量のある機械を岩石が崩れるまでに運び出すことは困難だと思われます。また、岩石にソングバードさんが埋まってしまう可能性もあります。」

「確かにそれはまずいな。」

「ハイ、ただし埋まったとしても岩石程度でソングバードさんの実体は破損しないそうです。が、その後の救助は資源衛星の落下までには終わらせられません。」

「そうか、時間制限もあるんだったな。」


今は放置してすべてが終わってから改めて救助するという選択肢も無いわけではないのだが、資源衛星の落下阻止はうまくいくとは限らないのだ。

最終的に資源衛星を見捨てて生存者だけで離脱する事だってあり得る。


そうなった場合にはソングバードさんを見捨てることになってしまう。

こうして実体に損傷が無いことを確認してしまっている以上見捨てたくはない。

皇族としての俺としても見捨てることはできない。


完全に手詰まりか……いや、何か手があるはずだ。

何か使えないかと周辺をよく見てみる。


作業員が放置したと思われる小型の装置や工具などが散乱している。

何か使えるモノがないだろうか?

辺りに転がっている工具を見てみる。

シールドカッターに、コンタクトキネシス……それからフォースフィールドユニットくらいか?


シールドカッターはシールドに守られている一部分を切り裂きシールドに穴をあける工具なので論外だな。

コンタクトキネシスは手を触れずにモノを運ぶことのできる機器で、この場合には使えそうだが俺は使い方を知らない上扱うには免許がいる。


フォースフィールドユニット……重力力場を生み出す装置だが、出力が足りるかどうか。

せいぜい人を2,3人乗せることのできる程度の出力で大丈夫かどうかも分からないが……やってみるしかなさそうだ。


重力の不安定な部分にフォースフィールドユニットを設置してある程度安定化させ、ソングバードさんを引っ張り出し、救助するという方法をAI達に提案した。


「専門AIは一応の成功の可能性ありという返答です。」

「そうか!」

「ですが、失敗した場合伶旺様も岩石に埋もれる可能性もあります。その場合はソングバードさんと伶旺様どちらも救助されずそのままという事になります。」

「そうか……。その場合は仕方ないな。」

「仕方ないでは済みません。伶旺様には無事帰還してもらわなければなりません。ご自分のお立場をお忘れなきよう。」

「肝に銘じておく。」


こうして辺りのフォースフィールドユニットを回収しAI達に指示の下重力が安定するようユニットを配置する。

次第に付近を漂っていた沢山の小さな岩石が法則性をもって移動し、何カ所かに集まってくる。


「どうやら安定したみたいだな。」

「ハイ、お気をつけて。」

「ああ。」


俺はゆっくりと慎重に瓦礫の間を進みソングバードさんの倒れている作業機械のデッキへと進む。

近づくにつれ何か声?のようなものが聞こえてくる。


──……k……t…dめk……、m…かs……い……───。


「ソングバードさんの意識は戻っているのか?」

「イイエ、戻っておりませんが、いかがいたしましたか?」

「何かを呟いてる。」

「オカシイですね。通信にも何も……!確かに何らかの音声を確認いたしました。」

「どうなっているのか分からないが、とにかく救助が先だ。」

「ハイ、重力状態、今の所問題ありません。そのまま続行してください。」


相変わらず何かのつぶやきがソングバードさんの口からは漏れていたが俺はゆっくりとソングバードさんを運び出し、そして救助に成功した。


安全な場所まで運び改めてAI達と相談する。


「我々AIが通信外で呟くという事はそうそうあり得ないのですが……。」

「ああ、今も何か聞こえているが、通信には乗っていないんだな?」

「ハイ。現状では原因は分かりません。」

「原因は後にしよう、まずはここを移動して資源衛星の落下阻止を優先しないとな。」

「そうですね。……!伶旺様朗報です!!!」


ミカミの言葉を聞きつつ移動するためソングバードさんを改めて抱きかかえようとするとつぶやきが言語としてハッキリと認識できるレベルにまでなってきていた。


──そ、か……これ…、こん、とr…る……とれ、た───!


その瞬間俺は頭部に強烈な衝撃を受け、ミカミからの通信が途絶した。

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