第15話
2番艦の筒状の居住区の中ほどにある艦船用搬入口。
そこから小型船が居住区内に入ると1番艦とは全く違う解放感にあふれた高い空と広い大地が広がっている。
特に搬入口の近くはトラブルがあった際に、被害が最小限に抑えられるよう限られた施設のみである事も解放感を感じる要因だ。
地上部分を除いたとしても、この高い空は何とも言えない解放感がある。
1番艦や3番艦からの観光客が多いのもこうした解放感を感じたいからだろう。
小型船は搬入口からそのまま上空の力場軸目指して上昇していく。
力場軸というのは円筒状の居住区の回転軸の事で、この力場軸は目に見えない力場でできておりこの力場を軸にして回転し、疑似重力を生み出している。
灰色の搬入口から小型船が上昇していくと徐々に辺りの景色が見えてくる。
「わぁ!」
留依が感嘆の声を上げる。
「留依は2番艦初めて?」
「はい!凄いですね!きれい……。」
「ふふ……そうでしょう。搬入口近くなら辺り一面黄金色に輝いているはずではないですか?毎年この景色を見るのが好きなのです。」
留依の言葉に皇帝陛下が続けた。
今の時期は稲の収穫直前で眼下には黄金色の稲が実り風になびいている。
「こ、皇帝陛下!?は、はい!とても綺麗です!」
2番艦の上空からの景色は初めて2番艦に来た観光客のみならず、2番艦の住人からですら初めて見た時には感動するといわれる景色だ。
しかも最も美しいと言われている黄金の波だ。
「この風景をわたくしは守りたいのです。どうかこれからも協力しておくれ。」
「はい。できる限りの事はしていきたいと思います。」
この皇帝と留依の会話後、留依から個人間通信がきた。
「ビックリしました~。」
「ははっ。皇帝陛下も嬉しかったんじゃないかな。それに皇帝陛下も緊張していたみたいだから、あれで幾分か緊張がほぐれたかもね。」
「それならいいんですけど……。」
そんな会話を留依としつつ頭の位置が動かないよう上庄さんの方を横目で見る。
ヘルメットをしているので表情は分からないが特に変わった様子はない。
……よかった。
上庄さんは自分にも他人にもとても厳しい人なので、先ほどの留依と陛下のやり取りの事で何かあるかとも思ったがどうやら上庄さん的には問題なかったらしい。
「どうかしました?」
「いいや、黄金の波が見えなくなってしまったなってね。」
「もっと見ていたいですね。あたし、絶対また見に来ますよ!」
「そうしよう今度はゆっくり見たいね。」
「はい!」
留依には気取られてしまったようだ。
小型船は徐々に高度を上げていき黄金の波も見えなくなり、見えるのは遠くの建物のみとなったころ力場軸へと到着した。
直径50m程の力場軸の外側に船を吸着させる。
そすると、艦首、もしくは艦尾方向への移動できるようになる。
観光ツアーの場合は船の向きを工夫して上空からの景色が良く見えるように調整したりもするのだが、もちろん今はそういうことはしない。
なので折角天面全面が窓になっているこの小型船も力場軸の影響でグニャグニャに歪んだ景色しか見えない。
時間によっては”太陽”が明るすぎて窓の光量調整が入りほぼ外が見えなくなることもあるので、まだ外が見えている方だ。
力場軸に沿って艦首方向、居住区内での表現なら東の方へと移動していく。
”緊急の姿勢制御を行います。国民の皆様におかれましてはシェルターへ待機のうえ、防護服の着用をお願いいたします。繰り返します────……”
居住区内では県が出した注意喚起の放送が流れている。
緊急通信となっているので小型船でも自動でその放送が流れるようになっている。
地上方向には窓がないので見られないが、恐らく緊急車両や緊急船が飛び交い姿勢制御に対する準備が進んでいると思われる。
小型船がわざわざ力場軸まで上昇した理由でもある。
もっとも、規則によって緊急車両、もしくは緊急船以外は力場軸までの移動以外は低空を飛んではいけないことになっているのだが。
事故を未然に防ぐためにもこれは守る必要があったのだ。
「まもなく
操船している瑠亜さんから知らされ、小型船が下降を始める。
御屋庫は皇帝陛下が普段公務を執り行う場所だ。
すぐ近くに皇帝陛下のお住まい、御所もある。
御屋庫敷地内の駐船場へと船が着船する。
まず上庄さんが船を降り、あたりの安全を確認し、その後福良さんに手を引かれ皇帝陛下が船を降りる。
福良さんは皇帝陛下をシェルターまで案内した後、2番艦の艦橋へ戻り、そこで艦橋業務の補助をすることになっている。
関さんは留依に手を引かれ下船するともうここまででよいと伝えてきた。
「ここまでいいんですか?」
「ああ、この先は上庄にナビゲートリンクで誘導してもらうさ。それよりも早いところ2番艦を出て待機しておいた方が良いだろう?」
「ええ、それではそうさせてもらいます。1番艦に戻るのも中々に大変そうですし。」
「陛下もシェルターへとご移動なされた。これからが本番だ。頼んだぞ。」
皇帝陛下のシェルターへの移動が2番艦の姿勢制御の開始条件だ。
「はい。関さんも陛下をよろしくお願いします。」
「ああ、任せろ。お前も、いや……伶旺様もどうかご無事で。」
「それでは行きます。」
一度外へ出た俺と留依も再び小型船へ戻り、小型船は力場軸まで上昇する。
徐々に小さくなっていく関さんがどこかと通信している様子が見える。
恐らく司令部へ皇帝陛下がシェルターへ移動したことを伝えているのだろう。
俺は出入り口から座席に戻る途中操船している瑠亜さんに声をかける。
「ご苦労様。AIなしでの操船大変だったと思うけど。」
「本当に……大変、でした……よ?」
「あ、ごめん。まだ終わってなかった。」
「いえ、これで……。よし!」
邪魔をしてしまった。
AIの補助なしでの操船はかなり気を使うようだった。
小型船は力場軸に吸着し東西の移動のみ可能になる。
力場軸に吸着すれば操船の負担もだいぶ軽くなるようで瑠亜さんも息を吐き多少力を抜いた感じだ。
「いや~本当に大変でした!操船よりも偉い人乗せる方が緊張しました。」
「本当にご苦労様。これで後は1番艦に戻りさえすれば俺たちは無事に姿勢制御が終わるのを祈るだけだ。」
「フラグっスねぇ!」
笑いながら育波さんがからかう。
本当にこれで何かあったら笑えないからやめてほしい。
そんな話をしていると2番艦内に警報が鳴る。
いよいよ姿勢制御が始まる。
先ほどまでは注意喚起の放送だったものが警告の放送に切り替わった。
”シェルターへの退避をしてください!シェルターへの退避をしてください!────!”
短いフレーズで繰り返し放送されている。
「……始まりますね。」
「うん、俺たちも早いところ1番艦に着船しないと。育波さんもう休んでください。まだ映像の確認してるんでしょ?」
「ええぇ……。」
育波さんはちょっと不満げに反応するとさらに続ける。
「こうしてあっちこっち自由に見られるのって楽しいんスよねぇ。もう、ずっとこうしていたいっス。」
「育波さん。あたしよりもずっと休まずに働いているんですから休んでください。育波さんが倒れてしまいます。」
「二人に言われちゃ仕方ないス。」
……あの動きは選んで映像切ってる感じだよなぁ。
不承不承という感じで恐らく見ているカメラの映像をいくつか切ったような動作をする。
俺としては全部切って完全に休息してほしいのだけど、育波さん本人はあの方が落ち着くんだろうな。
港では俺たちの出港のため未だシェルターへの移動をしていない作業員が作業をしてくれた。
その作業員には出港作業のお礼と早くシェルターへの移動をお願いして小型船は力場軸から中央港へと移動し2番艦の外へ出る。
2番艦の置かれている状況はかなり厳しい。
2番艦の主推進器は直進しかできず、補助推進器を使っても直角に曲がるような事は出来ない。
1番艦の向きと移動方向を基準とすれば、1番艦の垂直方向を向いている2番艦がもし単独で1番艦と同じ方向へと向きを変えとするならば、上方向へ向かいつつ徐々に同じ方向になるように移動することになる。
だだし、その場合の2番艦の軌跡は大きな半円状になり、そうしている間にウィリデの重力に掴まってしまう。
現在2番艦の移動している方向自体は1番艦と同じなので(そのため1番艦と2番艦の距離は変化していない)もし、2番艦が持てる推進力をすべて垂直方向へ使ったとしてもウィリデの重力に掴まってしまう。
そこで1番艦の重力牽引を使い2番艦の進行方向を強引に変えるという方法がとられることになったのだ。
元々は資源衛星を抱きかかえるための機能で牽引力自体はかなり強力だ。
しかし、資源衛星という大質量の物体を扱う事を想定している機能であるため2番艦を牽引し、姿勢の制御を行うには強力すぎる。
2番艦は円筒状の居住区を鳥籠のように覆うコリドールという支柱が何本も配置されている。
強力すぎる牽引能力はこのコリドールと居住区のバランスを崩してコリドールが居住区へと衝突してしまう懸念が出てきている。
まだまだ直視装置で”見る事”ができるようになった乗員も少ない中、どれも綱渡りの作業となるだろう。
もうすでに1番艦は抱えていた資源衛星を切り離し2番艦へと向かっている。
俺たちの乗る小型船は2番艦の外側で1番艦が配置に着くのを待ち、1番艦の準備が整い次第1番艦へと帰還する予定だ。
ここまでくると俺たち──俺と、育波さん、瑠亜さん、そして留依──にはできる事は何もない。
成功を祈ることしかできないことが少し歯がゆかった。
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