第12話


格納庫から小型船で出発する際には当然格納庫の隔壁を開くという手順が必要になる。

普段であれば全てAIに任せきりで問題ないのだが、未だAIが沈黙したままなのだ。

故に人の手でその操作をしなければならない。

そしてその操作を留依が自分でやりたいと言ってきたのだ。


「伶旺様は船で全体を見ていていただいた方がよいと思います。」

「それはそうかもしれないけど、俺がやった方が……」

「あたしにもできます!……多分。」


移民艦隊内に住んでいる全ての人間は命にかかわるような機器──もちろん一般的な隔壁も含めた──操作は子供のころから何度も訓練を受ける。

なので留依にもできるとは思うんだが……この場にいるのは軍人、外装土建屋、軍人としての訓練を一通り受けた秘書、そしてメイド。

この中で一番”隔壁の操作”と遠い職はメイドだ。

なのでメイドにやらせるわには……。


しかし留依は頑として譲らない。

こんな所で押し問答をしていても仕方がないので結局留依に隔壁を開いてもらうことにした。


「わかった。留依にやってもらうことにする。育波さんは留依のサポートを。」

「了解っスよ~!」

「それじゃ、あたしは隔壁を開きに行ってきます!」


そう言うと留依は隔壁横の手動用制御室へと走っていく。

瑠亜の方も小型船の操縦席に着き俺と育波さんも作業員用の席に着く。

育波さんが俺にも留依の様子が分かるように映像をまわしてくれたのでその様子が分かる。


たどたどしいながらもしっかりと操作はできているようだ。

格納庫内に警報が鳴り、気圧の調整がされる。

小型船や格納庫の各種安全チェックを行いすべてクリアされ、ゆっくりと隔壁が開いていく中で不意に瑠亜さんから話しかけられる。


「伶旺様。留依がご迷惑をかけていませんか?なんだかお姫様抱っこされてましたけど。」

「迷惑なんてとんでもない!むしろかなり助けられてる。留依が居なかったら今頃2番艦の出現すら分からず衝突してた可能性だってある。」

「出現……ですか?」

「そう、俺たちが艦橋に上がった時点では2番艦も3番艦も居なくなっていたんだ。」

「そんなことってあり得るんですか?だって……そんなこと……。あたしは2番艦まで人を運ぶとしか聞いてなくって……。」


どうやら瑠亜さんは詳しい状況を聞かされていないようだ。


「もしかして……、外の様子も聞いてない?」

「外?」

「そう、艦の外に出たらわかるよ。」


隔壁が開いていくとウィリデに反射した恒星の光で辺りが明るくなる。


「明るい?こんなことって……!」

「隔壁が開いたっスからもう外に出ても大丈夫っスよ!」

「あ、はい。了解です。出発します。」


瑠亜さんは若干動揺しつつもスムーズに小型船を出発させる。

隔壁から出て1番艦のほぼ正面に見えるウィリデを見た瑠亜さんは言葉も無いようで無言でウィリデの方を見る。

しかもウィリデの手前には縦になった2番艦がある。


「!!!」

「瑠亜さん、大丈夫?」

「はっ、すみません!」

「驚いたでしょ?」

「はい……本当にこんなことって……。あの2番艦に行くんですね?」

「そうなる。混乱しているとは思うけど詳しいことは俺たちにも分からないんだ。」

「ですよね……。」


瑠亜さんは操船しつつウィリデをチラチラ見ていた。

俺たちの乗っている小型船は1番艦との安全距離で停止し、隔壁の横にある人専用のエアロック近くで留依を待つ予定だ。

その間育波さんは使う予定のカメラの調整を。

俺は2番艦への想定ルート設定と2番艦の姿勢制御について2番艦の艦長と状況の確認と今後の方針の話をしていた。


結論として地道に軌道修正を行っていくしかないようだ。

しかしエンジンの出力を限界ぎりぎりまで高める調整はすることに決まった。

……間に合うかどうかは分からない上に機関部に関しては”見える”状態の知識がある人間が一人しかいないという問題がある。

他にも問題があるという話だったがその話をする前にこちら側で、というか、留依に何かあった様子だ。

2番艦の艦長とは話を切り上げ留依の方へに注視する。


小型船の方は北3格納庫のエアロック近くに待機している。

格納庫の隔壁が閉じてゆき、次に留依がエアロックから出てくる……のだが。

……なにやってるんだ?


俺の方に回ってきている留依の映像ではエアロック内の天井に付いているカメラの映像で画面端で留依が行こうとして止まって……というのを繰り返している。


「育波さん、留依どうしたの?」

「人用のエアロックから怖くて出られないみたいっスね。」


邪魔になると思って先ほどから切っていた留依との通信を繋げて留依に話かける。


「留依、大丈夫?」

「だ、大丈夫です!今行きます!」


と言って宇宙空間へと飛び出す。

が、バランスを崩しその場でぐるぐると回り始めた。


「きゃー!ど、どうしたら!」


上級防護服の姿勢補正機能が働くが、パニックになっている留依はその補正機能を考えずに動くためより一層無茶苦茶な動きになっていく。


「あ、あ!」


ジタバタしながらその場でぐるぐると回る留依。

育波さんがじっとしてればそのうち安定すると助言しているが留依の耳には届いていないようだ。


「俺が迎えに行ってくる。」

「サポートするっス!」

「妹がすみません。」


小型船のエアロックで自分の専用防護服の機能チェックをし、命綱を付け船外へと出る。

少し離れた1番艦北3格納庫用エアロックに留依が居るのが見える。

やっぱり宇宙空間での距離感は分かりづらいな。

まぁ俺にとっては訓練でヘルメット内の情報表示を使っての活動を散々したのでこの辺りはなんの問題もないのだが。


「留依。落ち着いて。俺がそこまで行くからその間深呼吸だ!」

「え、あ、い、急がないといけないのに!」

「焦ることは無いよ。落ち着いて。」


そうしているうちに留依の反応はおとなしくなっていく。


「どうしたの?大丈夫?」

「……気持ち悪く……なって。」


ぐるぐる回っていたので酔ってしまったらしい。

怪我の功名か体の動きも少なくなってきた留依は防護服の姿勢補正機能のお蔭で少しずつ安定してきた。


俺が留依の近くに到着した時には完全に留依は静止状態だった。


「お待たせ。もう大丈夫だから。」

「……すみません。早くしなきゃって思ってたら余計にこんなことに……。」

「謝らなくてもいいよ、訓練なしでいきなり上手くいく人なんてそうそういないし。」

「そうなんですか?」

「そうだよ?俺なんてそもそも怖くて船外に飛び出せなかったしな。」


笑いながら自分が初めて船外へ出た時のことを話す。


「普通の人は大体そうだよ。育波さんあたりは普通じゃなさそうだけど。」

「あれ?ボク事普通じゃないって言ったっスか?」


笑いながら育波さんに茶化される。


「育波さんが普通の人とは思えないしなぁ。」


つい本音が。

直視装置で複数カメラを同時に見ようとする人間はちょっと……うん。


「普通じゃないのは多少自覚あるっスよ。」

「多少なんですね?」


留依はこのやり取りで多少緊張がほぐれたらしい。

軽いツッコミがはいった。


話をしている間に俺は留依の正面から左手でそっと留依の手を取る。

留依は俺の手を抱きしめるようにして身を寄せる。


留依を後ろ向きにするように引き寄せ留依の後ろから抱きしめるような形になる。

そのまま俺は俺の左手を持ったままの留依の右手を俺の右手でそっととり、そのまま扉横の開閉レバーまで誘導する。

留依も俺の意図を理解したようで留依の意思でレバーまで手を伸ばす。

俺はそのまま留依の手に自分の手を重ねたまま、留依と一緒にエアロックのレバーを回しエアロックを閉じる。


「ご苦労さま。」

「ありがとうございます。」

「船に行こうか。」

「はい。」

「もう気持ち悪くない?」

「ええ、安定剤が効いてきてるみたいです。」


小型船に向かう途中。


「結局伶旺様のお手を煩わせてしまいましたね。」

「気にしなくていいよ。留依がやってくれたおかげで2番艦の艦長と協議することもできたし。」

「なら……よかったのですが。」

「結果スムーズに進んでいると思うよ?だから……ありがとうね。」

「はい。これからもこき使ってくださいね。」


また落ち込んでいるかもしれないと思ったけど、声の感じからはそれを感じなかった。

吹っ切れたのかもしれないな。


そうして小型船に戻り小型船は移民艦2番艦の艦橋へ向かう。

正確には艦橋近くのエアロックだ。

残念ながら直接艦橋へ乗り込めるような所ははない。


しかし艦橋近くのエアロックまでのルートは設定済み。

操船している瑠亜さんの負担はかなり軽くなっているはず。

育波さんは2番艦のカメラの接続権をもらえたらしく2番艦の特にエンジン辺りの人員へ指示を出しているようだ。


運よくエンジンの技術者に直視装置使用者がいたらしく、姿勢制御の準備が進んでいる。

艦橋の方も直視装置持ちの軍の事務員2名が今の所対応しているらしい。


そうこうしているうちに移動自体はスムーズに進み、2番艦近くのエアロックに到着した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る